「近く遠く遠く、とおく」
落胆のにじむ声でフェゲン。
そのけがは一目見て、彼がしばらく意識を取り戻すことさえないであろうと知れるほどのものだった。
全身が焼け焦げ、火傷を通り越し炭化している部分さえある。
エネルギーの圧に揉まれる中でズタズタにばらけたのであろうローブと一部肉体は血に染まり、しかし出血は少ない。恐らくは体が裂けた瞬間に傷口が焼け潰れたのであろうとうかがえた。
(……こやつはあのエネルギーに真正面からぶつかっていった。ここまで城下町を破壊してなお爆破することのなかったあのエネルギー弾がこの城で爆発し消えたのは、恐らくこやつの「隠し玉」によるものなのだろう。だからこの程度の被害で済んだ――こやつも城も、民間人も)
疲れた目を民間人に向ける。
生き残っている民間人がびくりと肩を寄せ合って壁際に下がる。
その手前には、彼らを守ったのであろう王宮魔術師が膝立ちしたまま俯いている。
恐らく死んでいる。
「……城の全壊を防ぎ、大勢の命を救った、か。まさしく英雄というやつだのう。惜しむらくは、皮肉にもそのおかげで儂らが生き残ってしまったことだが。カカ」
〝何故、お前ほどの頭脳を持つ者がこんな小火に手を貸す?〟
「……このような者ばかりであれば、あるいはこの国も違っていたのやもな」
つぶやき、足元でうめいていた悪漢を長剣で刺し起こす。
その悲鳴と光景を見た悪漢が次々傷だらけの体に鞭打って起き上がり、フェゲンの声に従った。
「さあ起きろ。王を探せ。城はこの有様だ――案外もう、我らが国盗りは成っているやもしれんが……せっかく守られた命だ。しっかり使い尽くすとしようぞ……カカカ……!」
◆ ◆
いつだったか資料で見た、爆弾によるキノコ雲を思い出す。
俺の世代の者には到底現実感の無い、思いを馳せることしかできないそれが今……俺の視界遠く、しかしとてつもない近さでその姿を見せていた。
次いで爆音。爆風。
遅れて吹いた爆発の影響による突風が辺りのテントを激しく揺らし、外に砂嵐を巻き起こす。
俺はフードを目深にかぶり、砂礫をやり過ごすしかなかった。
あの「爆弾」が放たれた場所――――トルトらが戦っているという王都外縁の森。
「爆弾」が爆ぜた場所――――あれは確か城があった方向。
城があった、方向?
(じゃあ、ココウェルはもう――)
「動ける者は準備しろッッッ!!!!」
救護テントの中にまで聞こえてくる兵士長、ペトラ・ボルテールの怒号。
聞いたことが無い程に切羽詰まったその声が、最悪の状況であることを否応なく実感させてくる。
「王女が敵の手に落ちた可能性があるッッ!!! もう一刻の猶予もないッ、急ぎ城に向かうッ!! 間に合わん者は後から続けッ!! 商業区に向かった者にも連絡を入れろッ!! 頼むから急いでくれッ!!」
……呪いが痛む。頭が回らない。
王女が敵の手に落ちた。
敵は王壁を破った。
城は破壊された。
であれば、あと残されているのは――敵がやることは――
「――――王と王女を殺して、国を滅亡させるだけ……?」
どのくらいの猶予がある?
どうすれば国は終わる?
国の死とは何だ?
滅亡とは具体的に何だ?
奴らは――――敵はココウェルに、一体何をする?
「糞……ッ!」
馬鹿が。
何をするにせよ命を取られるのには違いない。
だが城は最後の砦だ、誰か味方がいるはずで――――ああ糞、先の爆発でどうなった? まさかココウェルはもう? いや早計だ、何にせよ、俺達には今何も情報が――――
――――ここから王都まで、どれだけかかる。
「ペトラッ!」
「かまってる暇はないぞアマセッ! ついてこれるなら準備しろ、間もなく出るぞ!」
止まることなく通り過ぎていくペトラ。
舌打ちしながら頭を振り、砕けた足の具合を確かめる。
強く地に着いても痛みも違和感もない――どうやら癒えている。
森から学園区までは十数分。
敵との戦闘時間を差し引けば数分の距離か。
では王城までは?
そうだ、瞬転を使えばもっと――――
――――それだけあれば、敵はココウェルを何回殺せる?
「くそ……糞ッ!!」
――もし、城の味方が全滅していたら。
間に合わない。
ここからじゃもう、間に合わない――――!!!




