「ヘヴンゼル城の戦い」
出た。
ココウェルから悲鳴が出た。
その悲鳴に悪漢らは下卑た笑い声をあげ、フェゲンは心からの軽蔑を込めた冷めた目を送る。
「ゆびっ、ゆび……わたしのぉぉっ、」
「気付け。お前には最早貴ばれ保護されるような価値など残っていないのだ。何でもいいから早くせい」
「いたい……痛いよぉ……ゆびが……」
「……親指の方が痛いかな「ひぎィィイイッッ!!! やめてやめてお願いお願いしますお願いだからぁぁあっ」
――――使命も、愛国心も、王族の矜持も。
王女という肩書で贅の限りを尽くしただけの少女は、足の指を切断された痛みと恐怖ですべて忘れ去る。
「おお……」「きたきたきたァっ!!」「王壁が……!」
脆弱な意志を持った王家の血筋に触れられた巨大な障壁が、割れた巨大なシャボン玉のように消えていく。
その割れ目から、悪漢達が我先にと固く閉じられた王城の門へと駆けていく。
「これでっ……これで、」
悪漢らの喊声の中、ココウェルが小さくつぶやきながら長剣を振り上げているフェゲンを見る。
目を合わせたフェゲンはニカリと笑い、
「遅いわ愚図」
にこやかな顔のまま、ココウェルの右足の親指を貫き――切り落とした。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!???!??!??!??! どしてどしてどうしてェェェェエエっっ」
「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ。なかなかどうして心地よいのう。傾国の姫が奏でる悲鳴は! カカカカカカカ……!」
「ゆびゆびゆびああああ、わた、わたしの……ォぎィっ!? やめてやめてやめてえええひっぱらないでぇェェッッ!! いたいのいたいのゆび千切れてていたいバイキン、バイキンがあぁぁあるけない、歩けないのォぉオッッ!!!!」
「カカカカ……馬鹿が。いっぱしの姫らしく命を諦めたような顔をしくさってからに。貴様のような暗君にそんな器が無いことなど聡明なものは皆気付いておるのさ。まったくどこまでも欲深く罪深い女よ……さあ歩けそれ歩け。切り落とせるのはあと十八本もあるぞォ! カカカカカカカ!!!」
◆ ◆
「俺が扉をブチ破るゥぅ!!」「バッカがテメーなんぞにできるかよイボ野郎! これだって魔法に守られてんだぞ」「んだとォ!?!?」「正論であるな。破城槌を待て」「待てるかよォォォ!」「一番乗りはアタシだァァ!!」「聞こえてんだろひきこもリシディア野郎開けやが――」
門の前に多数の魔法陣が現れ。
「――れ?」
それら魔法陣の中心に突如現れた数多の王宮魔術師が、色とりどりの魔法で悪漢らを吹き飛ばす。
『ごぁああああっっ!!?』
「ほう?」
ココウェルを引いて遅れてやってきたフェゲンが――魔術師達の中央、いっとう豪奢なローブを着込んだ色素の薄い髪色をした短髪の魔術師と対峙する。
老騎士はニカリと笑った。
「イミア・ルエリケが外に出ているとは聞いていたが。成程、ここを守るのは貴様の如き小童だけか。副王宮魔術師長、レヴェーネ・キース」
「……私を知っていてなおその態度か。かつてはさぞ名のある騎士だったのだろうな」
「アァそうさ。貴様もあのイミア・ルエリケの『副』を名乗るだけはあるようだな――今の転移は貴様の魔術だろう? カカカ、見事なものよ。やっと骨折り甲斐のある相手に出会えたというものだ……!」
長身である自身の上半身を超える刃を持つ長剣を振り回し、フェゲンが嗤う。
その背後に破城槌が準備された。
「『釣鐘』、『鮫肌』、『三十路「みそじ言うなっつってんだろが庵だッ!! 母音しかあってなくてロクに面白くもねーって散々酷評されてたろうがクソジジイがコラっ!」「うっせーぞミソジ。ジイさんが命令出そうとしてんだろが黙れ」「イチイチつっかかってくんなキモイボ野郎がッ!」「だからイボじゃねぇっつってんだろがゴラァ! やんのかクソババア」「やってやんよォ!」「フェゲン殿。バカは放っておいて命令を」
「……お前らは後ろの有象無象共をやれ。『副』は儂が一人で相手する」
「破城槌は?」
「あれはまたかの国製だ、そうそう壊れはせん。転移には儂が気を付ける」
「劣勢ならば加勢しますぞ」
「誰に言うとるか『釣鐘』。カカ」
「承知。では――参りますか」
背の高い褐色の『釣鐘』が構えると同時に、『鮫肌』と『庵』もいがみ合いを止め敵を見る。
魔術師たちが小声で詠唱を始める中――『回剣』のフェゲンがニカリと笑った。
「さぁ最後の戦いよ――――門を破り王を探せッ! 我らでリシディアを滅亡せしめェん!!!」




