「少王女、手を虚空に」
瓦礫の影の下、膝を抱えてうずくまり顔を伏せる自分。
血だらけ傷だらけの足はじくじくと痛み、一層ココウェルをみじめな気持ちにさせる。
どこから誰からもも遠ざけられた。
何を言っても疎まれた。
だからもう、ただひたすら自分のことだけ考えるように歪曲した。
(「お前ら」がそう望むから、わたしはそう生きただけなのに)
頭上で瓦礫がひび割れる音。
「ひィあッッ!!? あああああっっ」
死に物狂いで前に飛び、どうにか下敷きを免れる。
が、
「ひッッ――痛ゥっ、」
太ももに走る擦り付けるような痛み。
見ればスカートの端を突き破り、瓦礫から飛び出たさびかけた鉄棒が太ももの表面を削り抉っていた。
ひっかかり身動きさえ封じるその貫通に苛立ち、感情に任せてスカート部分を引きちぎる。
太もも中ほどからスカートの半分が破れ落ち、所々青く血もにじむ片足が露わになった。
「……ッッどうして、どうして、どうしてっっ!!」
奥歯を噛みしめながら絞り出した言葉と共に、小さく地団駄を踏む。
裸足で放った地面への地団駄は、足裏にただ痛みだけを残した。
泣きたくなどないのに涙が落ちる。
悲しさが、虚しさが、悔しさが――――寂しさが、彼女をどこまでも追い詰める。
(こんなわけない……わたしがこんなところで終わるはずないっ)
歩く。
もはや膿みそうになっている傷が地面に触れないように気を付けながら、ただ歩く。
照りつける光は嫌でものどの渇きを意識させ、足に当たる小石は嫌でも足の痛みを忘れさせない。
そして時折現れる死体が、否応なく自身に迫る危機を見せつけてくる。
「ッッッ!!! ぅ――――」
何にやられたのか、その死体は内側から破裂でもしたかのように木っ端微塵だ。
群がり始めていたカラスがココウェルの足音に飛び立ち、ついばまれていた肉片が目の前に落ちる。
革命が成った後の王族はどうなっていただろうか。
生もあった。死もあった。
自分は生かされるだろうか。
老い先短く頑固な王より、案外自分の方が生き残らせてもらえるかもしれない。
だが、ほとんど無法者のような民度の知れる手下を従えたこのテロリスト達が果たして、そんな計算をしたうえで事に及ぶだろうか。
わたしはなぜ、もう捕まった後のことしか考えられないのだろうか。
「――わ。わたしはココウェル。リシディア第二王女ココウェル・ミファ・リシディアよ?」
フラフラと、曲がり角へと差し掛かりながら――ココウェルは誰にでもなくつぶやく。
「わたしが――わたしがいないともう、リシディアは潰れちゃうんだから。わたしがいなきゃ、だめなんだから。そう、みんなそう、」
自らに言い聞かせるようにして、歩く。
「そう、そうよ――あは。わたしは絶対に守らなきゃいけない存在。誰も見すてるはずない、みんなわたしが必要なはず。わたしがいなきゃだめ、だめ、ダメなんだ。だからわたしは捨てられない、だからわたしは求められる、わたしはこんなところで死なない――――死にたくないッッ……!!!!」
曲がり角を、曲がる。
そこに、男がいた。
「――――ぁ…………た、」
自分を覆う影に一瞬思考が停止する。
その風体と理性の少ない目を一目見ただけで、その者が自分の味方でないことは明らかだった。
こぼれそうになった悲鳴を飲み込み、跳ね上がる心臓を押さえつけて逃げようと踵を返す。
(助かる助かるわたしは助かる、だから逃げなきゃ逃げなきゃにげ)
「オイオイオイオイオイとんでもねェエロさの娼婦がまだ逃げ遅れてやがった!!!!!!」
「―――――――――――― 、 は?」
その言葉の衝撃は。
一瞬の放心は、男に押し倒されるには十分すぎる時間。




