「小男猫をかみ殺す」
「…………」
「――大丈夫です!」
「!……」
「色々、その。大丈夫ですから――今動けるかどうかだけ、教えてください。治療が必要なんです」
「…………本当にごめんなさい。もう少し――――!」
「!?」
外から聞き慣れない音。
マリスタが慌てて召喚獣からはい出ると――そこに待っていたのは緑に光る破片。
と共に、見覚えのある黒髪軽鎧の青年が降りてきた所だった。
「――ヴィエルナちゃんのお兄さんッッ!! えっとえっと、」
「アティラスだよ。遅れてすまない、状況を教えてくれるかな?」
「どど、どうしてここに入ってこれたんです?! 障壁が――」
「この障壁は外からなら案外簡単に崩せるんだ。しかも術式の古さから見るに型落ち品。敵の懐も案外火の車なのかもね」
「て、ていうか、敵は……あの三人は、」
「片付いた」
瓦礫と共にズシャリ、と一回り大きな男――ガイツ・バルトビアが降りてくる。
幾人かのアルクス、義勇兵もそれに続いた。
ほとんどの者がローブをまとっていなかった。
「兵士長……じゃあ倒したんですか!?」
「いや。痛手も負わせたがまた逃げられた。警戒は継続している。こちらの状況は?」
「ッ! そうです、ビージ君が……治療ができる人はいますか!?」
「……魔術師長殿は?」
「『痛みの呪い』を見て……自我喪失状態だ」
よろよろと歩み寄ってきたサイファスが言う。
ガイツはその疲労や振り乱した金髪、倒れる体長十メートルもの緑竜を見て――最後に部屋の片隅にある、今まさに崩落した瓦礫を弾力で跳ね返した召喚獣を見た。
「……『痛みの呪い』だと? 喰らったのか? 敵が持っていたと?」
「持っていた。だが喰らってはいない。ただ――過去に受けたことがあるのかもしれない」
「馬鹿な。ケイ・アマセ以外に自我を保っている罹呪者はいないはずだぞ」
「とにかく動ける状態じゃないんですッ! 他に治癒魔法がつかえる人はいないんですかっ、ビージ君が顔とか体ぐちゃぐちゃに潰されてるんですッ!!」
「――シー、メテア。お前ら治癒もいけるか」
「かじった程度だけど」
「友達に治癒術師がいる、環境整備は聞いたことあるわ」
「応急処置を施して学園区の救護施設へ運ぶ。連絡調整を頼む、シー」
「了解」
「……敵はあそこで倒れてるやつだけか。アルテアス」
「……はい。マトヴェイ・フェイルゼイン。ボスの子ども――――すみません、ボスの行方は」
「敵を倒した上、誰も死なずに生き残った。恥じずにただ胸を張れ。よくやった」
「……は。はい!」
「…………」
……改めて、ガイツが辺りを見回す。
主にマトヴェイの魔術によって大理石の床・壁は削りに削られ、その凹凸は所々一階にさえ貫通している穴があるほどだ。
広間を形作る壁もほぼすべてが崩壊し、事実ガイツらは扉からではなく、ロビーに空いた穴から屋根へ出て天井より障壁を破り、入ってきた。
と、いうのに。
「……やはり壊れていないな。あそこだけ」
「え?」
ガイツが視線を送るのは、マリスタ達が入ってきた扉とは対面の壁と、そこにある大扉。
「外から見た時も異様だった。この先の場所だけ、尖塔や傾斜屋根の多い屋敷の雰囲気に合わない直方体の建物」
「……??? なんですか」
「雑に増築されてる可能性がある、ってことだね」
アティラスが応じる。
マリスタを放ったまま、二人の会話は続く。
「ああ。そして実際ここに入って確信に変わった――恐らくここも、元は別の役目を持った部屋だったんだろう。あまりに広いし天井も高すぎる割に何もない」
「劇場……って感じだよね、言うなれば。でもステージがありそうな位置には階段があって……その先には明らかに異質な大扉」
「――どの道、普通に押し開けるには相当の手間がかかる。ならば」
一閃。
魔装大剣パルベルツから飛んだ風の刃が大扉をえぐり、ひしゃげさせて手前へ倒す。
土煙の上がるその奥に見えたのは――小さな男のシルエット。
「……ここまで。追い詰められるとは正直・思って・なかった・なかったぞ。国家の反逆者共め」
「――反逆者はお前だノジオス・フェイルゼイン。孤立無援のお前に何ができる。既にクーデターは頓挫した、戦う理由もあるまい。大人しく投降しろ。すればこの場では殺さない」
「そして別の場で殺される。解らないと・思って・いるのかな?」
「……息子に加勢しなかった時点でお前の実力など知れている。この数に勝てると思うのか」
「貴様等こそなぜ考えない。『逃げたノジオスがここに残っている時点でおかしい』とな」
『…………』
「ずわはは…………逃げる先など無いのさ。ここより後に退路など無い。先に進めないのなら、ここが我らの『果て』になる」
「……騎士殿、」
「解ってる」
「そんな戦いに臨んでおいて――『知れているから戦わない』なんて選択をよもや俺ッ様がすると思うかァッッ!!!?」
ノジオスを包む――青い障壁が、光る。
「っ!!? 兵士長あの青いのっ」
「見えてるから立てアルテアス。まだ終わってないッ!」
「――『プレスタート確認。核人着動完了。拒絶波微弱。核人ストレス許容範囲。魔力臨界到達。着動率37%』――十分だ。奴らを嬲り殺すぞ――」
「兵士長ッ、親玉が――――何かに乗ってるッ!」
「何だアレは――!?」
アダプターが外れ。
機械の巨人が、動き出す。
「『人型魔装機甲』――――『ブリゼクタ』、発進だァ!!!!」




