「強くなりたい。」
(………………、力)
――頭を力無くうなだれさせ、マリスタは感じたことのない疲労に目を閉じる。
力。そう、力。
互いの持てる手札の限りを尽くして勝負した。
いつどんな形で戦闘になるか分からない実戦において、マトヴェイとの戦いはロハザー戦以来というべき、これ以上ないほどの対等な戦いだった。
そして数で下回った。
魔術で下回った。
白兵でも下回った。
〝宇宙の果てまで吹っ飛べ、マトヴェイ・フェイルゼインッッ!!!〟
(気持ちじゃ、何一つ負けてなかったのに――ただただ実力で、奴に届かなかった)
恐怖か、悔しさか――噛みしめたマリスタの歯が震える。
思えばマリスタはこれまで、一度も強敵との戦いに勝利したことはない。
ケイに引き分けロハザーに敗れ、アヤメに敗れ――そしてどの戦いでも彼女は魔力にあかせ、適当に戦っては魔力を浪費して倒れてしまっている。
シャノリアの話では、マリスタは常人を遥か、遥かしのぐ魔力を持っているにもかかわらず。
そして今も――絶対に許してはならない人間に、負けてしまっている。
「……ッっ、」
(それが私は…………悔しくてくやしくて、たまらない)
「――ァ? なんだ、どうしたマリスタ。泣くほど俺が怖いのか? 安心しろ。俺はじょうずに媚びるメスは可愛がってやるぞ」
ナイセスト・ティアルバー。
アヤメ・アリスティナ。
ロハザー・ハイエイト。
ガイツ・バルトビア。
イミア・ルエリケ。
ケイ・アマセの戦う姿を思い出す。
思想はともかく――彼らは意志を裏打ちするだけの実力を備えていた。
対して自分はどうだ。
言葉ばかりが口を衝き、気持ちばかりが先走り、結局最後は周りの力に頼ってばかりいる。
(頼るのは悪いことじゃない。でも……いざというときに自分の力で勝利を切り拓けない私って――――一体、何なんだ?)
〝だからお前はそういう器じゃねぇって言ってんだろうが、カァァ~ス〟
(ケイと肩を並べるために戦いを学んだ。これからもそのために強くなりたいのは変わらない。でも、)
〝私ね。あんたと友達になりたい〟
〝私は。ココウェルを守りたいっ! 助けたい!!〟
(今はもう――私が強くなりたい理由は、本当にそれだけ?)
〝助けるべきじゃない人間なんていないッッッ!!!〟
〝お前は『流れ』そのものであるその他大勢とは違う。『流れ』の伝う道筋を示し整える、力と権利を生まれながらにして与えられた選ばれし存在なんだ〟
〝端から見ればお前は情けないし勿体ない――――可能性は誰よりも持っていそうなのに〟
(――――悔しい。くやしいくやしい、くやしいッ……!!)
〝今……私の目の前で、あちこちで途絶えてしまいそうになってるの。悲鳴をあげてるの。私にはそれがよく聞こえる。聞こえたからには放っておけない!〟
「……負けたくないッッ」
「あ?」
「負けたくない、負けたくない……!! だって私――私には、こんなに……こんなに救いたい人がたくさんいるのにっ……!!!」
「………………。忘れちまえ。そんな下らねえモン、全部な」
「ッ下らなく――」
「いいや? 俺が忘れさせてやるよ」
マトヴェイが、懐に手を入れ。
鉄製のケースに入った、注射器を取り出す。
「・・・・・え、」
「大丈夫だ、さあマリスタ――俺を受け入れろ。全部忘れてメスになれ」




