「磔の聖女」
体を回転させながら、辛うじて巨大な石柱の間ですり潰される死を回避するマリスタ。
瞬転できる足場を探して空で足をばたつかせ――その背を、泥人形によって蹴り踏まれ、地に落下。
「グッ――ァッ!!?」
漏れ出る悲鳴のような情けない声。
それを、そんな自分を意識すればするほどに――マリスタは周りが見えなくなっていく。
白虎が泥人形を両断。
すかさず起き上がり、悔しそうにマトヴェイを睨むマリスタ。
マトヴェイは恍惚ともいえる表情で甘い息を吐いた。
「いいね最高だ、こんなに最高なモンか――マリスタ・アルテアスがこの俺に手も足も出ないザマってのは!」
「こ、のッ……」
「呪い動いてんぞォ!」
「!!! クソ、クソッ……海神の三叉槍ッ!!」
何度目かの上級魔法は、もはや上級魔法らしい勢いも持たず――辛うじて赤銅の髑髏を止める程度。
にもかかわらず、通常の上級魔法の比でない魔力を吸い上げていってしまうのだ。
(無様……無様だ、私)
「で? 詠唱中の隙をいつまでも俺が見逃すと?」
「ッ!!?」
地面から伸びた手が白虎を捕らえようとし。
それを苦も無く避けた先で――白虎は泥人形に貼り付かれた。
「えっ、ちょ……きゃ、何ッ!?」
悲鳴とも咆哮ともつかない声を上げながら滅茶苦茶に走る白虎の身体を、泥人形が飲み込んで――否、締め上げていく。
やがて走りながら地面に倒れ込み、白虎の一体が消滅した。
「さて。あと二匹」
「ッ――――」
囲うように。
泥が、床が、壁が――――マリスタへ、迫る。
「こッのおおおおおおお!!!!」
乱戦。
水の棒を滅茶苦茶に振り回しながら一体、また一体と吹き飛ばしていく。
しかしそのたびに一体、また一体と立ち上がってくる。
それに対応し、床からの奇襲に転び、泥人形の攻撃に吹き飛び、そして赤銅の足止め。
埒が明かないことなど解っている。
術者を叩かなければ終わらないことなど解っている。
たどり着けない。
マリスタ・アルテアスは、ただただマトヴェイ・フェイルゼインにたどり着けない――それにも、加え。
「ははは。大体ずっと思ってたけどよ、なんなんだよそのシロートみてーな棒の振り方は!?」
「バテたらまるでなってねぇじゃねーか」
「体力がそもそも足りてないんだよ! そらそら踊れッ! そんなんじゃ俺の相手は務まらんぞ」
「お前魔術師コースだったよなメス? いつコース変更したんだ? 昨日か?」
「棒切れ振り回しゃ、あとは自分の才能で何とかなるとでも思ったのか? 何の力もねぇお前風情が!?」
「メスが圧倒的な雄を前に勝てるワケないだろ!」
「サボり魔がイキった結果がこれだもんな!ww」
「うるさい、うるさい、うるさい……ッッ!!」
棒を持つ手が痺れる。
強化しているはずの身体が重い。
足が震える。
視界が汗でにじみ、しみる。
しかし消耗と共に――――悔しいという感情は、加速度的にふくれ上がっていった。
(――一発も、)
最後の白虎が消える。
(私、一発もあいつに入れられてない)
最後の海神の三叉槍を撃つ。
(こんなとこで立ち止まってられないのに、)
魔力回路の焼け付く音がする。
(サイファスを守って、兵士長を援護して――――ココウェルをこいつらから助け出さなきゃいけないのに、)
所有属性武器の形状を維持できず、ついに壊れる。
(なんでよ、)
次から次へと殴られ、もう前も見えない。
(なんでこんなクソ野郎を――――たった一発ブン殴ることさえ、私はできないの?)
轟音。
サイファスのいた場所が、大理石の鞭に叩き潰されたのを、見て。
英雄の鎧が、切れた気がした。
◆ ◆
「――――――――、 」
「……チェックメイトだ。当然の結果だな」
痛みの止んだ視界で、マリスタはなんとなく自分の状況を察する。
両手を上にあげた状態で拘束されている自分。そして――
先の白虎のように手足は泥人形に沈み、もうピクリとも動かすことができない。
まるで、磔にされた聖女のように。
「はは。あっはは。ハハハハハハハハハハハハh」
マトヴェイが――獣が目の前で、その欲望をむき出しにした目で、笑い。
マリスタの胸を、荒々しく揉みしだく。
「ひッ――――ッッ!!?」
その不快、屈辱、何より恐怖に、マリスタの意識は一瞬で覚醒する。
しかしその反応は、眼前の獣欲をただただ昂らせるだけだった。
「あハァ……!! 無駄だよ。もうお前は俺のものだ。マリスタ」
「いやっ……やめてっ! やだっ、やあァッッ」
「ちっせぇなぁ。揉みごたえもクソもねえ――――せめて無様さで俺を悦ばせてみろよ」
マトヴェイが。
マリスタの服を、破り捨てる。
「いやぁああああッッ!!!! やめてええぇぇっっ!!!」




