「カルマ」
聞いたことのない名前に戸惑うマリスタ。
ビージもわずかに眉根を寄せ――――やがて目を、見開いた。
「……少しは頭の片隅に残ってたか? そうだ。あのとき貴族至上主義派に逆らった罰で圧力かけて退学させた平民だよ。お前、そいつがその後どうなったか知ってるか? おい」
「…………し、知らねえ――」
「そいつ会社にまで貴族に逆らったことが知れて親父がクビ切られて一家全員野垂れ死んだんだとよwwwww」
「……死んだ?」
「ついでにな、」
こわばった表情のままビージがつぶやく。
次に息を呑むのはマリスタの番だった。
「首切ったのはおめーんとこの子会社の頭だぜ。アルテアス」
「……は?」
「つくづく平民に生まれなくてよかったと思うね。悪口程度で一家破滅させられるような世界でマトモに生きられるワケがねえよな」
「なっ……なんでテメーにそんなこと分かるんだよ! 関係ねぇかも――」
「フェイルゼインはアルテアスに並ぶ商家だぜ? 業界の情報は入ってくるんだよ――――クレイテル家の転職に圧力かけたのもアルテアスだとかな!!」
「………………、」
「圧力でクビ、息子はどの学校にも受け入れてもらねえ、カミロの他に娘が二人。挙句一家心中!w」
『!!』
「心――」
「ああちなみに――母親は『痛みの呪い』とやらの患者で死ぬのを待つだけの身だったぜ。心中聞いたら狂死しやがったよwww」
「――だから――なんでテメェにそんなこと分かるんだって聞いてんだマトヴェイッッ!!!」
「面白ェーから調べてたに決まってんだろ?――酒が進むんだよ。落ちぶれた平民共が無様に破滅してくザマってのは!!」
「貴様――」
「あんたッッ――――」
「テメェェッッ――――!!!」
「っはは、俺から聞くまで覚えてもなかった奴が何キレてんだ今更。まぁ、ちなみにその母親に心中伝えに行ったのは俺だけどな。おかげで俺が平民なんぞの最期を看取ることになっちまったよwww」
「マトヴェイィィィッッッッ!!!!」
「同罪なんだよ貴族共も!w 最初にあの平民追い詰めたの誰なんだよ。なぁビージ――イキイキした顔で平民に暴言吐きまくってたのどこのどいつだよッ!!」
〝なんで俺達がこいつに配慮しなきゃいけねぇんだよ。糞野郎が、死ねよ〟
〝言葉が過ぎるよ、ビージ〟
〝聞こえてやしねぇよ。この馬鹿が、死ね! ハハハッ〟
――犯した罪が、ビージの臓腑を圧し潰す。
「んでカミロだけか? お前が追い詰めたのは。違うよな?……どんだけの平民虐げた? どんだけの人生潰してきた? あァ!?」
「お、俺は……俺達は好きでそうしてきたわけじゃ、」
「は?」
その一文字に、論破される。
マトヴェイは、とてもとても満足そうに微笑んだ。
「今度は俺が言ってやろうか? ――お前という存在が人にどんだけの『呪い』を巻き散らすのか分かって生きてんのか? ビージ・バディルオン」
ビージの顔が苦悶に歪む。
知らず胃を握るように、服をつかむ。
胃液を吐き出したのどが、じわりと荒れた。
「ビージ君ッ」
「バディルオン!」
「俺達だけが悪だと思うなよ。学校じゃ習わないか? 『人間まっとうに生きてれば必ず誰かを傷付ける』って。後ろで産廃になってるメスがエラそうに俺を獣だの畜生だの言ってやがったけどな――そもそもそういう生き方しかできねぇのが人間って名前の獣畜生の名前だろうが。頭の悪りぃ女ってのはつくづく解らねぇよな」
「俺……俺は、だが俺はっっ、」
「バディルオン、落ち着け! 奴のペースに乗せられるな」
「ビージ君!」
「それを否定するなら人間なんぞやめちまえよ、今死ねすぐ死ねこの場で死ねっ!w 矛盾してるのはお前。俺より劣ってるのはお前。その中途半端な罪悪感で俺にポッと出の正義感向けてるのもお前。自分が奪った命から目を背け続けてんのもお前お前お前お前、お前なんだよ社会のゴミクズッッ!!w」
「やめろやめろやめろやめろおぉぉッッ!! もうしゃべるなッ!!」
「死ねないなら、」
マリスタの声にかき消され。
仕込みを終えたマトヴェイの声は、届かない。
「俺が手伝ってやるよ」




