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「『たいせつなひと』」

「――確かなのか、ミエル。じゃあ、こいつが」

「こくごをもっとべんきょうするべきですね、あねさま。この人じゃなくて、このきず。このきずをつけた人が、きっとお母さんの『たいせつなひと』だといったのですよ」

「こいつに傷をつけた奴が……!? バカな、もうとっくにくたばってると思ってたのに――――おいモヒカン!」

「…………、…………」

「……チッ。ヘタレが、マジで死にかけてやがる……」

「! ロ――」

「仕方ねぇな。おいミエル。包帯もってきてやれ、まだあったろ」

「はいな。じゃあねさまはしょうどく薬を」

「おう」

「あとぬれていいぬのいくつか、おもい石いくつか」

「持てるかバカ!」

「ひんと、この人のあなは四つあいてますよ」

「分かってんわア゛ーうっせぇな!」



 どかどかぱたぱたと消える少女二人。



 ほんの少し前まで話すことさえ許さなかった二人の変わりように、プレジア勢は皆が皆あっけにとられた顔でロハザーの治療を見つめる。

 魔法が使えないのだ、とヴィエルナは初めて気が付いた。



 あおむけに寝かされ、傷口に布が当てられ、その上に重しの石が乗せられる痛みで――ロハザーは遠のきかけていた意識を再び覚醒かくせいさせることができた。



「っ……ず、ぁー……」

「動くんじゃねーぞ。今止血してやってんだからよ。次死にかけたら助けねぇ。いいな?」

「それじゃお話がきけないじゃないの」

「……大体ホントかよ。この傷をつけたのが母さんの――」

「『大切な人』なわけがねーよ。ぐ……あんなイカれ野郎がよ」



 ロハザーが苦悶くもんに目を閉じ、傷を付けられた一瞬を――――わらいながら、彼の身体を袈裟懸けさがけにあわや真っ二つにしかけた黒騎士を思い出して言う。

 ミエルが目を細めた。



「やろう……男なのですか? このきずをあなたにつけたのは」

「そういう意味じゃねーよ。イカれたろくでなしだって話だよ、あの女は」

「どんなおんなのひと? かみのいろは? めのいろは? こえは? なにがうれしくてなにが悲しいひと?」

「交換条件だ」

「こうかん?」

「俺も、……っぐぅ、この傷を付けた女のことを話す。だからその数だけ……お前達のことも教えろ」

「は? テメェ何勘違(かんちが)いしてんだ。状況分かってんのか、てめーは聞かれたことに何もかもしゃべる以外――」

「いいよ」

「――ミエル!」

「だって知りたいでしょう。あねさまだって」

「…………何するか分かんねぇ。気ィ抜くなよ」

「うん。…………えっと。もひかん?」

「ロハザーだ。モヒカン言うな。んでこれはソフトモヒカンだ、げほ」



 言いながら、ロハザーは改めて顔のそばに座り込む少女を見る。

 深い黒の髪は倉庫の窓から差し込む光に照らされ、ホコリと一緒に枝毛がよく見える。

 しかしつやを失っているわけでは決してなく、それが少女の不思議な雰囲気を一層引き立たせていた。

 座り込めば地べたについてしまうほど長い髪はよく見れば、左右で明らかに長さが違うようだった。

 顔の脇から伸びた長い触角のような髪を片手でいじりながら、黒髪の少女は口を開き、



「じゃあロハザー、お母さんの『たいせつなひと』はどんなかみの――……」



 ――開きかけたまま固まって、しばらく思案したのちに言葉を発した。



「……『たいせつなひと』って、どんなひとだった? なにがうれしくて、なにが悲しいひと?」

「……悲しいことなんかねぇよ。あんな――あんな人を平気で傷付ける奴を、俺は初めて見たくらいだ」

「…………へいきでひとを、傷つける?」

「そうだ。だからお前ら、あんな野郎のことなんて――」

「きいてたとおりね。あねさま」

「だな」

「――何?」


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