「血だまりの中で」
「ねえ、あねさま。やっぱりマットをしいておくべきだったわ。あの一角、もうあしのふみばがないのだけど」
「っせーんだよ。近寄らなきゃいいだけの話だろお前が」
「でも何だかにおうのですよね。におい、におい」
「わざわざ血のニオイとかニオいにいくなよ気色ワリー。つかなんでもいいから早くそっちのパイよこせって。もうガマン出来ねぇ、腹減った」
「はいな」
「バッカ、パイを投げんな! 落ちたらどうすんだよ血だまりに!」
「ちょっとトゥトゥ、あんたもう自分の分食べてたでしょ? それ私のなんだけど」
「見てみろバカミエルテメーのせいで姉貴戻ってきちまったじゃねーか!」
「食いいじはったあねさまがわるいのでしょうに。さいきんころしてないからおかねないのに」
「チッ、なぁカシュネ、いいだろ一切れくらい。ちゃんとあいつら一人残らず運んでおいてやったんだからさあ」
「しょうがないなー。ちゃんと見張りしといてよ、これから報告してくるから」
「やったねっ。おうおう、こっちは任しとけ」
「まったく――じゃ、ミエルも。いい子で留守番しててね」
「はいな」
茶髪の雑な三つ編みの少女、カシュネはトゥトゥ、ミエルの二人を残し、コンテナで埋め尽くされた倉庫を出ていく。
あとに残されたトゥトゥは白い生地ののった一切れのパイにかぶりつきながら、ミエルが近付いていく血の海に沈む者達をしかめ面で眺める。
ヴィエルナ・キースが意識を取り戻したのは、その目が自分に合った時だった。
「……!」
「チッ、目覚めやがった……あーあめんどクセェホント。新鮮な魔術師の臓器は高く売れるってのによ。義理立てにしたってやりすぎだと思わねぇか、ミエル。いいじゃねえか一人くらい殺したってよ」
「そんなだからあねさまは目をつけられているのですね」
「一切目立たずに生きてくなんてできねーだろうがよ。餓死しかけてたあの頃に戻りてーのかよ――おいミエル、だから近付くなってそいつらに、他の奴らも目ェ覚ましてるかもしんねーんだぞ!」
「そのためにぜんいんのアキレスけん、切ったのでしょう?――あ、ほんとう。おきてる」
「!」
じわりとした痛みと、頬に触れる血を感じる。
身動ぎすればどうやら両腕は後ろ手に拘束され――――鈍く感じられる痛みは両足首辺りからするもの。
アキレス腱を切られ、縛って転がされている。
皆生きている。
そう確信できたのは――班の全員が、そうして眼前に転がされているからだ。
(……まだ血が止まっていない)
方々で呻き声が聞こえる。
治療も止血も施されず、腱を切られて皆放置されている。
覚醒していく意識の中、ヴィエルナはやっと事の次第を思い出した。
ロハザー・ハイエイトを不意打ちで人質に取られたヴィエルナらは彼女ら三人の言いなりになるしかなく、言われるがままに全員が拘束され、全滅を喫したのだ。
いや、正確には――
〝……やむを得ない。アルクス構え、眼前の学生を無視してあの三人を駆逐する〟
〝!!〟
〝!? ちょっと待ちやがれアルクス共――〟
〝ガキに手ェ出そうとしてんじゃねェよッッッッッッ!!!!!!!!〟
〝ッッ!!?〟
〝ロ――ロハザー、〟
〝ごぼ……まだ子どもだろうがよこいつらはっっ。真っ先に助けるべき対象だろ……!〟
〝っ……聞き入れられない。四つの命と班員全員の命、秤にかけるまでも――〟
〝秤の前に誇りにかけろっつってんだよッッッ!!!!!!!!〟
――「ガキを殺すようなアルクスだと思わせないでくれ」。
そんなロハザーの意志を、アルクスも最後には汲み――――結果この惨状。
ヴィエルナらの進退はとうに窮まっていた。
そして彼女は気付いた、
「ッ――――ロハザー!」




