「荒れ狂う心の中で」
「……可能性の、話だが」
「…………不躾に人の考えを読むなって」
「お前も医師に教わったろう、痛みの呪いを活性化させない方法は『常に心を平静に保つこと』だと。練気の闘法とはそのまま、お前の世界の武道に通ずるものがある。そのバンターという男が、武道を極限まで極めていたとすれば……呪いに耐える精神力もお前の比ではないのかもしれない。都合のいい仮説になるが」
「だが記憶の中のバンターは随分若々しかった。体の傷も全く無かった、あれだけ違えば見間違えない。奴が呪いを受けたのは、少なくとも一世代以上前であることは間違いないと思う」
「二十年前、でほぼ間違いないだろうな。つくづくバケモノだなその男。お前がたった数か月で参りかけている呪いの侵蝕に、身一つで二十年耐え続けてきたって?――まあ、人間にできないことなんてないかもしれないがな」
「……? ッ、」
「、大丈夫か?」
「あ、ああ――」
「……呪いは現在進行形でお前も蝕み続けてる。少し話しすぎたな、ともかく今は休――」
「――魔女狩り」
リセルの動きが止まる。
「……何だと?」
「魔女狩り。そうだ、その言葉を奴の記憶の中で断片的に見た。『魔女狩り』、間違いない」
〝『痛みの呪い』は、『無限の内乱』における『魔女狩り』で、秘密裏に使われた精神拷問用の魔術――禁術だ〟
「クリクターが言っていた。呪いは魔女狩りに使われたと。じゃあバンターはその時に……」
「そうだろうな。判明している限りじゃこの二十年、『痛みの呪い』がリシディアで使われたのはその時きりだ」
「待てよ、それじゃあまさか――バンターは魔女の血族だっていうのか?」
「さあな」
「さ。『さあな』ってなんだよ。魔女狩りに遭ったというなら、少なくとも魔女と親族関係にあった可能性が――」
「なぜ?」
「……何故?」
気付けば。
リセルの目の色は、先程までのそれと全く変わっていて。
「――何故、って」
そのあまりの圧と――怒り、そうその声色はきっと怒りだった――静かな静かな、しかしあまりにも巨大な怒りに、言葉を詰まらせてしまった。
「何故そう思う? 『痛みの呪いを受けているならば、魔女に近しい存在であったはずだ』。お前は何故そう思う?」
「――――そう、教本に書いてあったからだ」
「……そう。そうだな? その通りだ――その程度だろうな。教本から得られる、見る者に優しい知識など。国による情報制限の賜物だよ」
「……隠されている情報があると?」
「ハハ。そんな大層な話じゃない――『魔女狩りに蓋』、というやつだよ」
魔女が離れる。
俺は体を起こし、振り返った――――今まで見たことも無いほど乾きに乾いた、超然とした顔で微笑むリセルを見つめた。
見つめるしか、なかった。
魔女が諦笑う。
「――圭。私は魔女か?」




