「悲惨なる現況」
薄暗いテントの外からは、砂埃と共に眩しいほどの陽光が差している。
砂色に染まった空気の中を、何人もが行き来している様子も見えた。
そして最も目を引いたのは――――床に敷かれた、俺が寝ているのと似た布の上に寝かされた、何人ものプレジア生と、ヘヴンゼル生。
ぼやけていた意識の輪郭が、今度こそはっきりした。
「ここは学園区よーォ。有様を見れば分かるだろうけどさァ」
「学園区!? バン――――あの褐色の大男はもういないのか?」
「…………ええ、もういないわ。今は王都外縁の森で、ザードチップ先生が押さえてくれている。一人でね」
「一人!? 馬鹿言え、あんな化け物を一人で抑えられる訳が――」
「抑えてるのよ、今この時も。もう一時間は経ったかしらね」
「、一時間、だと……!?」
…………馬鹿な。
確かに実力は計り知れん男だったが……あんな化け物を相手に一時間も耐えられる筈がない。
あんな……
「ッ……!」
「……こちらはもう大丈夫です、ロイビード先生、ヴァサマン先生。付きっきりにさせてしまい申し訳ありません」
「あッハまーァ、殊勝だこと! ウチの教え子に爪の垢煎じて飲ませてやりたいわーァ!」
「一番酷いケガを優先したまでです。では失礼します、リコリス先生。彼はお任せします」
「ええ」
ロイビード、ヴァサマンと呼ばれた両人がテントから消えていく。「先生」と呼ばれたからにはヘヴンゼルの教師だろうか。
よく解らんが味方で間違いは無いようだ。
リセルが猫を脱いだ目で俺を見る。薄暗いテントは俺とリセルの二人だけになった。
人の声は遠い。どうやら少し離れた場所にあるテントらしい。
「頭の冴えは戻って来たか? そう、少し離れた場所に専用のテントを立てさせたんだ。ここは仮ごしらえの救護施設だよ」
「……よくそんな無茶苦茶通ったな。俺が一番――」
〝一番酷いケガを優先したまでです〟
「――この程度が一番酷いケガだってのは、どういう意味だ」
「そのままの意味だ。お前以上の治るケガをした者は例外なく死んだ、ということだよ。ま、冗談でなく一番酷かったんだがな、お前のケガは」
「!! ギリートは――」
「治らないケガ、だ。アレの場合、もうケガなどと呼べる状態じゃないけどな」
「治らない?」
「グウェルエギアの非戦闘員――バニング・ロイビードが死なずに、しかもあの混乱の中でここにいることを幸運に思え。でなければ間違いなく死んでいたよ、イグニトリオの小僧はな」
「……生きていはいる。生きてはいるんだな」
「生かされてるだけさ。身体の損傷以上に首をへし折られている。重要な神経が集中する場所だ、適切な処置が遅れれば遅れるだけ――いっそ死んだ方が楽かもしれん後遺症が残る可能性が高い」
「――マリスタの奴も背骨を――」
「あのときはプレジアに十分な医療設備があった。だが現状はこのザマだ。ヘヴンゼルもグウェルエギアも群馬辺りまで吹っ飛んだ。設備のせの字も残ってやしない。丸一日もすればきれいさっぱり廃人だ」
「一日あるなら、」
「プレジアまで徒歩二日。行きが早かったのはサイファス・エルジオの召喚獣があったからだ。奴は今ここにはいない」
「生きてるんだな、だったらサイファスが戻ってくれば――」
「化け物二人が戦う森の中を突っ切って帰ることができる?」
「…………クソッ、」
「……そもそも戻れたとして、プレジアには私以上に医学を心得た奴がいない。いても皆こっちに来ているんだ。そしていま現在、私含めその者達は――ここのケガ人を治療するので精一杯だ。見捨てて行けと言うなら話は別だが?」
「……だったら…………だったら、くそ、」
「治癒魔石」
「ッ! そうか城になら、」
「可能性の話だがな。もし城に、アヤメが持っていたような治癒魔石が他にもあれば手っ取り早い。高度に医学を心得た者が使えばなおさらな。どの道進むしかないってことさ。連中は」
「……?」
――何か、リセルの言葉が引っ掛かった気がした。
いや、今はそれよりもギリートと――
「――死んだ者も多い、と言ったな。それは」




