「非力の没入」
ぽかんとするシスティーナとパールゥ。
マリスタの決然とした表情から発せられた問いに、ナタリーは思いきり目を細めた。
◆ ◆
「じゅ、う……っ」
今日は順調だった。
生活に必要な行動も、授業も、合間の休憩も、全て予定していた時間通りに終わっている。
シャノリアやマリスタが絡んできそうな瞬間はあったが、それもすんなりと首尾よく躱すことが出来ている。上々なのではないだろうか。
あいつらへの対応は――特にマリスタについては、以後一切これでいい。俺の復讐にとって、あいつらは『その他大勢』で何ら問題はない。
逆説的に言えば、俺とは疎遠の方があいつらにとっても有意義というやつだろう。
さて。何かを習慣づけるのに必要な時間は二ヶ月ほど。だから、あと六週間ほどを耐えれば、時間を分刻みで意識する必要もそう無くなってくるはずだ。
「じゅう、いちっ……!」
読書のペースも、体が覚えてきた。
読書の記録も、だいぶ体裁が整ってきた。
この調子でいけば、順当に知識は増えていくだろう。
「じゅうにっ……」
リシディア語も、一先ず基本表音文字は一通り識字出来るようになった。
後は単語を覚えつつ、なるべく早く文法に着手して、例文を暗記、平行して長文を速読・シャドーイング――そういえば、シャドーイングが出来る教材が見つかっていない。探さねば――・暗記して、受け答えの選択肢を脳内に増やして……その辺りまでくれば俺の世界の外国語学習と全く同じだ。
早くその段階に漕ぎ着けたい。
「じゅう、さん……っ、」
シャノリアの教えもあり、魔法の訓練も大分軌道に乗りつつある。
今では初級の魔法書を読みながら、魔法の試し打ちさえ可能になってきた。――一度魔弾の砲手を撃ち過ぎて吐血して以降は、精神的疲労への配慮もそれなりに出来ている。
あの疲労は長引くときは長引くもので、酷い日は一、二時間に一度は軽く吐血していた。ハロウィンの仮装でそんなことをしてる奴が居た気がする。笑えない。
別に病弱な訳でもないのにこのザマだということは、きっと精神的疲労の症状は誰しも同じなのだろう。
「じゅう……よっ、ん……!」
そして、いま最もネックとなっているのはこの……肉体訓練だ。
こればかりは以前の生活でも、完全にノータッチだった。
義勇兵として、また目的の為にある程度の筋力が必要になるとはいえ、培われたものがまったくゼロの状態から始めるのには限界がある。




