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「怒りと怒り」



 ただ、一人の男を除いて。



「ハア……はァ……はァっ……!!」



 学園区を全壊させたバンター・マッシュハイルは、荒れ狂う意識を出来得る限り研ぎ澄ませて目を閉じ、呼吸を落ち着かせながら周囲を警戒。

人の気配を感じないことを確認し、直後その場に膝をくっした。



「ハァ……はあ……っ、」



 できる限り空気を取り込み、それを体内でエネルギーへと換える動きを加速させ――――瞬時に呼吸を落ち着かせる。



(……死んでいれば)



 歩く。

 瓦礫がれき砂煙すなけむりの地獄を、ただ歩く。

 ずっと追い求めていた相手の死体を、探すため。



(死んでいればもう、それでいい)



 歩く。

 砂に埋もれた死体を足で掘り返し、歩く。

 砂塵さじんの音しか聞こえない戦場を、ただ歩く。



 故に捕捉ほそくされたのか。



「――――――ッッ!!?」



 衝撃の余波と共に、立ち上った砂嵐が吹き飛ばされていく。

 急激に高まった殺意の波動、とでもいうべき気配を察知した古強者ふるつわものによって、避けられるはずの無い手刀しゅとうの一撃はバンターの心臓を貫かなかった。



 トルト・ザードチップは、その事実に大きく嘆息たんそくする。



「……オーケイ。了解した(・・・・)。どうあっても即死はしてくれねえってか」

「貴様……まだ」

「あんな『広く浅く』な攻撃でくたばるかよ、俺が。どうもまだ自分の置かれてる状況が分かってねぇみてえだな。お前さん」



 すそがボロボロになっているローブをはためかせ、くらい目がバンターを見る。



「とっくに狩られる側なんだぜ。お前さんは」



 魔力まりょく練気れんき



 互いに感知できない莫大な力が、学園区だった砂漠さばくつぶす。



 右の手刀をそのまま握り砕こうとして失敗したバンターが後手を取り、その場で小さくんだトルトが左足を振りかぶる。とっさにバンターが手を離し、地上一メートルに滞空するトルト。

 放たれた蹴りの軌道きどうを読んだバンターが危なげなく防御の構えを取り――側頭を打つフェイントを仕掛けたトルトの左足が予定通り軌道を修正。

 トルトの蹴りがバンターのあごを打ち抜き脳を揺らし――持ち直す前に着地し捻転ねんてん

渾身こんしんの回し蹴りがバンターの筋肉の鎧に叩き込まれた。



「が――――!!!?」



 砂丘のようになった瓦礫の山を突き破り、なおも吹き飛ぶ大男。

 体から砂の残滓ざんしを飛び散らせながら王都外壁に激突したバンターは、その数メートルはあろうかという石壁さえも貫通、王都近郊の森へと土塊を巻き散らし消えた。



「……これで指示通りかい。兵士長さんよ(・・・・・・)

「ぐっ……馬鹿な、俺の体に……」

「打撃でダメージを与えただと、ってか? 言ってくれるぜ。まるでこれまでその筋肉をブチ抜けた奴がいねーみてーな言い草じゃねえか。バケモンにも程がある――お互い様だがな。さあ、」



 冷たい怒りを宿した目が、バンターの眼光をにらみ返す。



「もう、王女の行方は分からねえ。そして俺はもう、あんたをこの森から出さねえ(・・・・)。このクーデターが終わるまで――あんたにはここで俺と殺し合い続けてもらう」

「……!」

「こんなナリでも一応教師でね。りィが今回ばかりはプッツンきてんだ――教え子の仇(・・・・・)だ。ズタズタにしてやるからそのつもりでいろ」



 ただ圧としてしか伝わらない魔波が、それでもバンターを圧し潰す。



 だが彼がトルトに向けるのは、なおも復讐に燃え盛る執念の目だった。


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