「最強と不気味」
拳の中の拳を握りしめ。
トルト・ザードチップは、ひどく冷たい目でバンターを見た。
「…………」
「!」
筋肉が震える。
バンターは砕かんばかりに握られた拳を無理矢理に引き抜き――追ってきた右手を、指を交差させてガッチリとつかみ、
そのまま、トルトの右手を握り潰した。
「……!!」
はずだった。
先ほどまでの最小限の力ではなく、一瞬で絞り出せる自身最大に近い力。
そんな万力の握力に――――目の前の彫りの深い顔立ちの男は、バンターを見ることさえないまま拮抗していた。
(……この男……!!?)
「おおっ……お前さんやっぱ半端じゃねぇな……だがよ、」
拮抗する腕を見ていたトルトの目が。
じろりと、バンターを向く。
「気になってるのはそこじゃねえんだよなぁ」
「ッ」
バンターが頭突きを振りかざす。
と同時に――トルトの右膝がバンターの腹部にめり込んだ。
「ッ……ッ!!」
腹を突いた足を伸ばして距離を取ったトルトがつかんだ両手を拮抗させたまま小さく跳び、左足でバンターのあごを打ち抜く。
次いで振り抜いた足を下ろし脳天を勝ち割ろうとしたトルトを、バンターは瞬時に両腕の力で振り回し叩きつけようとして――トルトはとっさに空いた右足でバンターの顔面を一撃、視界と思考を一瞬塞いでバンターを攪乱、果たして軌道を見失ったバンターは叩きつけるに不十分な場所でトルトを投げ飛ばし、トルトはまんまとバンターの手を脱することに成功する。
(……この男。俺と同程度の膂力を……)
「うお。やべ、腕動かねぇじゃねぇか」
「!?」
――バンターが目を細める。
視線の先、何故か呑気に腕を眺めている精悍な男。
額の上で二つに分けた黒髪を肩口で揺らす無精髭の男は、持ち上げた両腕を顔の前で力無く垂れ下げさせながら、それでもなお冷たい目のままバンターを見た。
「参ったなオイ。やっぱイグニトリオは実力で負けたってことか。今の俺じゃ及ばねえワケだわな……何だい、何をそんなに警戒してんだ。つか何発か蹴り入れたろーがよ。ちったぁ効いてるそぶりくれー見せてくれよな、ったく」
「…………?」
「ま、お察しの通りさ。さっきの握力比べで解った。今の俺じゃ無理だが……この先の俺なら何とかなるかもしれねえ。それに賭けるしかねぇな――お前さんを少しでもここに足止めするために」
(……何を言ってる?)
「いや。俺にも解らねぇんだけどよ」
「!!?」
「あんたが暴れ出してからずっとなんだ」
不気味が。
バンターの前で、ゴキリゴキリと首を鳴らした。
「頭がうずくんだよ、アマセと戦ったときみてーに。お前さんを見てるとな」




