「消える」
リリスティアがゆっくりと俺の前へと歩んでいく。
「あんたはこのリシディアの王女でしょうがッ!! 言っていいことと悪いことが――」
「お前にわたしの何が解るんだよッッ!!」
「――な、」
「あんたはいいよねぇ!? 真正面から世界を愛せて。真正面から世界に愛されて!! 道理でわたしと友達になりたいだなんてほざけるわけだ!」
「い、いまそんなこと関係無い――」
「あなたは一人で王になれますか。王女殿下」
二人が声の主へ視線を向ける。
ここまで沈黙を守っていたリリスティアが、熱波にそのツーサイドアップの髪を揺らしながらココウェルの前に立つ。
「国において王が、集団において頂点に立つ者が求められるのは、後に続く者がそこに光を見いだすからです。そしてその光が、王の道を明るく照らしてくれる――私にはよくわかります。私もプレジアでは、みんなが応援してくれるからこそステージに立てている。今だってそうです。皆が戦っているから希望を捨てずに戦っていられる」
――目を殺気立たせたまま。
ココウェルが口元をヒクつかせながら笑い、マリスタの手を振り解く。
「王様一人生き残っていれば、そこは国ですか? たった一人で光を――希望を見いだせるのですか? どうか思い出してください、殿下――」
「ゴタク抜かしてんじゃねーよぶりっ子がァッッ!!!」
リリスティアに振り被られたココウェルの右拳を。
「ケ、ケイっ」
「!」
俺は無意識の内に、平手で打ち払っていた。
その音が何か、何故か――とても遠く、聞こえて。
「――――」
俺を見るココウェルの目が。
これまでと、決定的に変わってしまった気がした。
「ココウェル、」
「希望が何なのよ」
力無く空笑いしながら、ココウェルが曇った目で俺を見る。
「希望が何? 国が何? みんなでいるから何? 何何何なんなのよ。十把一絡げがどれだけ大勢いようと――――どうせ皆残らずわたしを利用してるのには変わりねーじゃねーか」
「ココウェル、とにかく落ち着きなさいって、」
「国の為なら希望の為ならと口では抜かしながら、表向きだけ仮初の団結をしながら、アァ? 結局テメェらは水面下で争い続けてるじゃねえか。信頼も何もあったもんじゃねェ」
「! ココウェル、お前まさか――」
「急に何のことを言ってるの? そりゃ仲は悪いかもしれないけど、プレジアとアルクスはこうしてちゃんと協力して――」
「じゃわたしが今襲われてるのはなんでなんだよ、アァッッ!!!!? 伏せられてたんじゃねーのかわたしの情報は。敵には知られてなかったはずだろがわたしの存在は!!!」
「――――――え?」
――無駄に地頭がいいのが災いした。
こいつ、味方の中に裏切者がいる可能性に気付いていやがった――
「な。ど……どういうこと」
「ハッ、頭悪りィテメェには解らねェんだろうなッ!? そして極めつけにはこの状況だ、あんだけ国を守ると息巻いといて次から次へと死んでいきやがるッ!! 国がどうだ王がどうだみんながどうだ、いいじゃねェか死ぬまで言ってろクソ偽善者共がよッッ!! どんだけなぁ、どんだけ――……どんだけ綺麗事並べたってっ、」
奥歯を噛み締め。
今にも泣きそうな顔で、王女が悲鳴ぶ。
「あんた達は結局っ――――わたしを守れないんじゃないかッ!! あんた達が弱いからこういうことになってるんだろうがあァッッ!!!!」
打ちのめされた、頭に。
巨大な火球と衝撃が、落ちてきた。
「きゃ――ァああああァッッ!!!!」
「ぐ――!!?」
稲光のような閃光に一瞬視界を覆われ、思わず地に倒れ込む。
濃密な魔波を伴った熱の波動がまんべんなく体を蹂躙し、息を吸い込むこともできずにローブで口を覆う。
何事かと、とにかく目を開ける。
そこで見た光景は、
「――――――」
考え得る限り、最悪なもの。
一人は褐色の大男。
衣服はまだ所々燃えており、伸ばした腕には焼け焦げたとみられる痕がある。一目見ただけで大火傷だと知れた。
手を叩きたくなるほどの健闘。
だがそれが出来ないのは、伸ばされた男の腕に、
首を掴まれたギリートが、イグネアさえも手に持たず、大男に掴まれるまま体を揺らしていたからだ。
その目は普段のギリートからは信じられない程虚ろで、何も捉えていない。
ボロボロになった衣服とローブは血でぐっしょりと濡れ、指先から地へ滴っている。
まるでその姿は――――
「――――――、」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・・ …。」
――真っ白に燃え尽きた、燃えかすのようで。
止まった時間に逆らうような遅さで、ギリートの目が俺の目を捉える。
それが、最期だった。
ゴギン、と。
二度と聞きたくない音が鼓膜を犯し、ギリートの首が垂れ下がる。
何も理解できない砂嵐の中、ギリート・イグニトリオだった塵は無造作に路傍へ打ち捨てられて。
褐色の大男は、ギリートを殺した時と同じ目をこちらへ向けた。




