「現実、それでも前を見るために」
◆ ◆
ベシャリ、と。
ナンダカワカラナイケド赤ク赤ク赤いものが、俺達の目の前でモノとなり果てた。
「――――――っっっ、」
――いっそのこと、本当に何なのか見分けがつかなくなっていれば良かったのに。
でも解ってしまう。
見紛えようがない。
だってそのゴーグルの残骸は、目玉は、頭髪の欠片は――――――
「――――ぎゃああああああアアアァァァァァあああああッッ!!!!?」
「叫ぶなココウェルッ!!」
――――瞬間、感じた。
あの殺気を。
「・・・・・・・・・・・」
「アルテアスさんっ、アルテアスさんッ!!!」
「動けマリスタ動けェッ!!」
「でりゃあァァァぁあァッッ!!!!」
――――まっすぐにココウェルへ伸びた黒い影は。
別のアルクスが放った巨大な土塊の拳によって、吹き飛ばされた。
何度か見かけた程度の顔だった。
「動ける奴で抱えていけッ!!」
「――あ、」
「ボケてねぇで動けッ!!!」
「っ……リリスティアッ!」
「うんっ!――ごめんねアルテアスさんッ」
「ぇ゛ッ、ォが……!!」
その場で吐き戻しているマリスタを抱え、リリスティアが走り始める。
腰を抜かしているココウェルを抱え、俺も後に続いた。
フェイリーだった肉塊を飛び越えて。
――――――何を食らえばああなる。
一体人生で何をどうすれば、あんな惨い死に方を受け入れられ――――
何かが背にぶつかり、何かが視界の端に落ちた。
ココウェルのローブに降り染み込んだ血で全てを察した。
「五人」
死の言葉だけが、いやに耳に響いた。
「――――助けろ。誰か助けてくれッッ!! 俺達はここだ、助けてくれェッッ!!!」
ココウェルを守るために発した筈の言葉。
しかしその響きは最早命乞いのそれ。
ココウェルを守るのは俺の役割だった。
より強い者を求めて、命を懸ける覚悟を決めて戦場に出てきたはずだった。
だが何なんだ奴は。
無理だ。無理だろ。
次元が違い過ぎる。
アルクス数人をこの一瞬で、しかも粉々にされた奴までいる。
「六人」
訳が分からない。
力とか強さとかいう問題じゃない。
人が砕け散る? 馬鹿か?
「七人」
嫌だ。死にたくない。
力を求めて死ぬならいい。
届かず散ったならそれも受け入れる。
「八人」
だが今の状況は違う。
こんなの、恐竜に追われて逃げ惑うモブも同然ではないか。
こんな死に方をするためにここへ来たわけじゃない。
こんな――――こんな、こんなの、あんなことが、
〝やめてっッッ!!!〟
〝きさまァァァァァアアアアアッッッッ!!!!〟
「あ――――あああああああああああっっっ!!!」
――叫んで、いた。
こんなにも恐怖したのは生まれて初めてだ。
俺の世界で襲われた赤髪の男の比ではない。
もう俺はあの大男を「死」としてしか認識できない。
あれぞ死神だ。
騎士長なんぞが勝てる筈も無い。
マトモな人間にアレと戦うことなんてできる筈がない。
あんなものを人間と認めていい訳がない――――!!!
「してったら、アマセ君!!」
「!!!」
「もうすぐだよ! 外の森にある陣まで帰れば――」
「成程」
――――耳元で聞こえたその声に、全身に怖気が走る。
褐色の声。
そしてかなめの御声。
ああ、やられた。
死体からローブを奪われたのか。
背後で轟音。
黒い何かが空へ跳躍していく。
そして、
外の森から、衝撃波が――――荒波のように立て続けに押し寄せた。
地響きとうねるような風に立ち止まる。
ココウェルを抱えた不安定な体勢で倒れそうになる。
リリスティアはなんとか踏ん張っている。
そしてなんとか見上げた空、プレジア勢が侵入してきた穴がある方向。
王都を囲う高く堅固な壁の向こうで――青空と雲を背景に、冗談のような高さに弾け飛び落下していく、森の木々を見た。
「――――――――――」
『……そん、な』
誰かの声が聞こえる。
事態を察した野鳥達が、我先にと森を逃げ出していく。
もう誰一人助かることはないであろう、ここにいる戦士達を置いて。
当然だ。
学園を潰され、王都外の拠点を潰され。
もはや連合軍に、本陣と呼べる場所は存在しない。
散り散りとなった者達が、あの褐色の大男に各個撃破されるだけだ。
――甘かった。
「本物」という存在を――ナイセストやアヤメに近い存在だと。
それらと戦えた俺にもいつか手の届く存在だと、勝手に思っていた。
努力し続けてさえいれば、きっとあの域に俺も至れるのだと。
だが違う。
届かない。俺には届かない。
どれだけの努力を積み重ねようと、届くのは一握りだからこそ「本物」なのだと思い知った。
そしてそれは、あまりにも遅すぎた。
「本物」に出会うことなど、求めるべきではなかったんだ。
体から力が抜ける。
いつの間にかココウェルを落としていた。
だが最早彼女を気遣う気力すら湧かず、ただただ空を見上げる。
そこにいるのは褐色の男。
名も知らぬ、きっとこの国を終わらせる存在。
男はゆっくりと俺達の前に降り立つ。
目は合わなかった。
きっと奴は、一人で逃げ出した王女の姿しか見ていない。
男が近づく。
死が近付く。
逃れようも無い策の立てようも無い絶望的な近距離にすぐそばに目と鼻の先にすぐ隣に男が男が男が
――――――――誰かが、俺の前に立っていた。
「だから弱いんだよね。絶対唯一の理由しか持たない人ってさ」
「っ! お前――」
ギリート・イグニトリオが。
楕円を描くように捻じ曲がった魔装剣イグネアを手に、俺の前に立ちはだかっていた。




