「等身大の王女」
◆ ◆
(死んだ)
いつの間にか、眼前に断崖のようにそびえ立っていた褐色の男を見て、ココウェルは動揺する間もなくそう思った。
(そしてまた死んだ)
何故かその一撃は、イグニトリオの嫡子によって防がれ。
でもそれさえ認識できないうちに、今度は世界が壊れた。
目の前の光景すべてにひびが入り、聞いたことも無いような音をたてて崩れた。
視界が傾いたのに気づいたのさえ、陥没した地面に落下し始めた時だった。
(なのに……死後の世界って、こんなに楽で、さわがしいもの?)
確実に命を落としたと思った。
だが、楽になった体は何故か少しの息苦しさと暑苦しさを感じていて――耳にはいまだ、先程聞いたばかりのような崩落の音が聞こえ続けている。
これではまるで――
(わたし……まだ…………生きてる?)
「しっかりしなさいバカ王女ッッ!!!」
「っ!」
――その声の懐かしさと、苛立ちに。
ココウェル・ミファ・リシディアの意識は完全に覚醒した。
やけにうるさい。
目が痛い。
視界が茶色い。
息が苦しい。
砂煙の舞う中、マリスタ・アルテアスにかばわれるようにして覆いかぶさられていては、それも当然のことだ。
一度は着く地を失った両足も、しっかりと体ごと地面に倒れている。
(こいつに……助けられた?)
「ああココウェルっ、良かった! もぉー落ちてってるとこ見つけたときはダメかと思ったわよ!? 生きててよかった!」
「あんた……確か離れたとこにいなかった? 商業区隊に割り振られてたんじゃ――」
「あはは、そうなんだけど……急にアルクスの人の叫び声聞こえたじゃん? なんかそれ聞いて、あぁたぶんアンタが危ないって。それでもイグニトリオ君より遅くなっちゃったけど」
砂で汚れた顔で笑うマリスタ。
それを見た途端、何故か心が緩み――気が付けば、ココウェルはマリスタのローブの袖を握りしめていた。
そうなってからは、もう止まらなかった。
「――助けて――」
「え?」
「助けて、たすけてたすけてたすけて! あぁ、わた、わたし……!しぬかと思った、もう駄目だと思った……!!!」
「――――!」
ローブを握る拳に込めた力を抜くことができず、逆にどんどん力が強くなる。
マリスタは一瞬あっけにとられてそれを見つめていたが、やがて芯の通った表情で力強くうなずいた。
「大丈夫。私があんたを絶対守っからね! それにあんたは――」
「マリスタ!」
「マリスタさん!」
ズシャリ、と二つの影が近くに降り立ち、煙を払って姿を現す。
一人は見ない顔だったが、もう一人は――今ココウェルが心を許せる数少ない人物だった。
「ケイ……ケイっ!! こわかった、わたし、こわか――」
「解ってる、だから黙れ。敵に位置を気取られる前に――」
尤もだ、と口を閉じようとしたその瞬間。
首根に手を差し込まれたような不快で思い感覚が、ココウェルのすべてを奪った。




