「マトヴェイ・フェイルゼイン」
「ら、らしいからってなんだよ自分のことだろ」
「わ。私バカだからその、自覚がなかったからさ。……あんまり」
「ちょっとはあったんじゃねーか……」
いじめ……初耳だ。
だがこの流れは好きじゃない。
またそぞろ感傷に満ちた過去話を延々聞かされるハメになりそうだ。
有益な方に話を逸らすに限る。
「おめーが知らなくても無理ねーよ、アマセ。マトヴェイの奴がプレジアからいなくなったのはその……俺と、チェニクが。オメーに突っかかったときあたりだからな」
「そのマトヴェイとやらの所有属性は?」
「あ?」
「所有属性だよ。付き合いが長かったなら知ってるだろう」
「……土だ。記憶が正しけりゃ魔術も持ってた」
「魔術を? どんな?」
「そこまでは……」
「戦い方に特徴は?」
「土の……召喚術をよく使ってた」
「それも魔術か?」
「いや、汎用魔法のやつだ」
「そうか。ならサイファスに聞くのが良さそうだな」
「あ、あのバディルオン君。ハンヨウって何??」
「……魔法の分類、四大系統の一つでしょ。マリスタ」
「『攻撃魔法』『治癒魔法』『付与魔法』『汎用魔法』の四つだぞ。所有属性武器とかだと更にその下に『実体』とか『霊体』の区別があんぞ~」
「う、うううっさいもーロハザー! 帰ったら勉強するから!!」
「他に有益な情報は? 何かの恐怖症を持っていたりとか」
「し、しらねーよンなことまでっ」
「なんで奴はプレジアを去ったんだ?」
「あのな――俺は質問に答える道具じゃねえぞっ」
「ケイ、いったん黙りなって。悪いとこ出てるよ」
「そうよケイ。あなたそうやって半年前もコーミレイさんを怒らせたでしょう」
「命を懸けてこの線上にいるんだぞ。少しでも多く情報を得たいのは当然――」
「ナイセストも。いるのかな。この戦場」
――予想だにしなかった名前が出て俺は、否その場の全員が動きを止めた。
俯いたヴィエルナに、皆の目線が集中する。
「フェイルゼイン君の家、マリスタの家に次ぐ、有力貴族だった。でも、コーミレイさんのためにフェイルゼイン君、プレジア、退学させられてからは……家の存続も、危ぶまれたって。ナイセストと、一緒で」
「――私も、知らないんだけどさ。マトヴェイ君って、なんで退学させられたの? いじめとかで、退学までさせられることはないよね?」
「とんでもねーことやってやがったんだよ、あいつは」
顔を伏せたヴィエルナへの言葉に、ロハザーが眉を吊り上げて応じる。
「と……とんでもないこと?」
「そうさ。詳しくは言いたくもねぇが……あいつ、何人かのプレジアの中等部女子を麻薬漬けにしてやがったのさ」
「っ……!!? ま……まやく?」
続きを促すようなマリスタの言葉に、しかしロハザーはそれ以上答えようとはせず――マリスタの興味は、彼女の肩に手を置き首を振るシャノリアによって遮られた。
だが言わずもがなだ。
女子だけを狙った薬漬け――――そんな行為の目的など、行きつく果てなど知れている。
恐らくそのマトヴェイとかいう男は、堕とした女子を精神的にも、肉体的にも利用したのだろう。己の欲望のために。
なぜそんなものがそれまで露見しなかったのか……しかし、それをナタリーの奴が素っ破抜いたという訳か。珍しく胸のすく話だ。
「……だから。フェイルゼインの人たちにとって、この戦い……起死回生の一手、だったのかなって」
「ケッ――自業自得だってのにな、馬鹿が。挙句に起こしたのが国へのクーデターだぜ? クソほどの同情の余地もねえ」
「……だから、思ったの。ナイセストも同じだ、って」
「む……そ。そう、なるか。そう考えたら」
――フェイルゼインを「馬鹿が」とスッパリ切り捨てた手前、バツが悪そうにロハザーが固まる。




