「最高学府の奇人たち」
侵入した一つの気配をよそに、侵入者を感知する結界を脱したもう一つの気配に気付いた者は、褐色の大男を除き、いなかった。
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「がははは!! まさかホントにこれが、噂の箱入り王女ココウェル様だったとは! ついに口からファイアブレスが出るかと思ったぞ!! がっはっは!」
「お久しぶりです、シャッフェン先生。まだ性懲りもなくそんな妄言を吐いておられるのですか。人間は魔法でない限り口から火を吐けません」
比較的長身なアドリーを見下ろすようにして、サイズの大きなオレンジのローブを揺らしながら彼の頭をバンバンと叩いている偉丈夫。
同じくオレンジのヘアバンドで無造作に後ろになで付けられた白い長髪の傷み具合を見ても、アドリーが先生と呼ぶその偉丈夫がどんな気性を持つかは一目瞭然であった。
デーミウール・シャッフェン。
王立ヘヴンゼル学園と文字通り並び立つリシディア最高学府、グウェルエギア大学府の学長を務める男である。
「なァんなのだそのかしこまったしゃべり方は、がはは! お前も先生らしくなったということか! また少しハゲたか!? しかしゆっくりハゲるものだ、ハゲ始めたのは二十代だったか!」
「舌を噛みます、止めてください叩くの。そして禿はイジらない約束だったはずです、先生。また竜顎の渓谷に突き落としますよ」
「おぉ、あのときはほんとに死を覚悟したわ! まあ助けてくれずとも良かったがな! 竜種と屍を並べられるなら本望と言う奴よ、がはははは!」
「ふふふ。あのとき殺して差し上げるべきでしたかね」
「不穏当な会話を笑顔で繰り広げないでくださいマーズホーン先生っ!」
「学長もですよ。そんな笑ってる場合じゃないでしょう」
「おぉそうだったそうだった。がははは話を続けたまえ」
(急に落ち着いた…)…ぅあいたっっ!!?!?」
「あッハまーァ!!」
キンキンと響く笑い声をあげてシャノリアのブロンドの髪を何の遠慮も無く引っ張るのは、これまたアドリーに負けぬほどの長身を誇る細身の婦人。
逆三角形に近い形をした赤縁の眼鏡の先にある吊り上がった目を悦に歪ませ、厚い化粧の乗った顔を震わせて実に楽しそうな風情である。
「シャノリアちゃんたらまァ!! 随分伸ばしてるのねこの髪ほんとシャラシャラさせちゃってあッハまァ!」
「たいたいたいたい!! はっ――なしてくださいよ馬鹿ッ! なにすんですかミルクリー先生っ!」
「んまあッハー! 恩師に向かって馬鹿とは!! 相変わらず可愛くない小娘凧と! そんなだからその年になってもそうしてうだつが上がらないのねっ! きっと教え子にも尊敬されていないんだわあッハー!!」
「なっ……?! せ、先生が気にすることじゃありませんからっ!! お気遣いなくっ!」
「……ええと、あの。ヴァサマン先生、ディノバーツさんも落ち着いていただけませんか。ホントにそんなことやってる場合じゃないでしょう」
うんざりした様子で彼らを諫めるのは、見るからに疲れた気配を漂わせている灰色の男。
縦に長いデーミウールやミルクリーと対照的に比較的身長の低い白衣の男性は、黒髪に混じる白髪をため息と共にハラリとさせた。
言葉こそ発しないが、無言で横並び直立しながら圧を放ち続けるガイツとペトラも、一様に白い目を騒ぐ三組の師弟に向けていた。
「しかし、本当にご無事でよかったですノヴェネア先生。先生はそのご年齢でしたし、この事態に体調など崩されていないかと心配でした」
「むふぉっふぉっふぉ……」
「ええ。国の危機に、そして許嫁を守るために居ても立ってもいられず、はせ参じた次第です」
「……エルジオ先生も、ファウプ先生も。異次元の会話は後にして――」
「話を進めるんですよロイビード先生。どうやらお三方にはここが、国の存亡にかかわる軍議の場だということがお解りにならないようだ」
「その通りですわね」




