「『転』の侵入」
スーツケースの取っ手を手にひっかけ、投球の要領で床に投げ打つノジオス。
部屋の中央で飛び散った札束の音に紛れ懐から煙管を取り出し口に含み、もう片方の手で流れるように机上の煙草を火皿に詰め――その手に火を灯し焼けだした葉を、煙をゆっくりと吸い込んだ。
「――よく聞け。俺ッ様に――このリシディアナンバー2の豪商フェイルゼイン家に付き従う限り、今後お前達が金に困ることは一切ない。そして俺ッ様を失えばお前達を待つのは牢獄・処刑台・だけ・ティアルバー家のように、なァ。だがまだよく聞け・これは――脅しでは・ない」
顔を俯かせるノジオス。
シルクハットからのぞく眼光鋭い目が部屋にいる者達を捉える。
開いた口の両端からゆっくりと煙が漏れた。
「お前達に支払う・それはお前達の覚悟を買うこれはもう『前金』に・過ぎない。手柄を立てれば立てる程更に更に更に金をくれてやるぞッ! 食えない恐怖に・常に横にある死に・食いっぱぐれの戦争屋なぞという後ろ指に苛まれることは二度とないッ・俺ッ様と・共に・ありさえすればァ!…………だからこそ。もう二度と『油断』の二文字を俺ッ様の前にちらつかせるなァッッ!!!」
檄に呼応し、幾人かの悪漢が気勢をあげる。
静かだったのは黒装束とバンターだけであった。
だからこそ、
「侵入」を感知出来たのも、その三人だけだった。
「――――一人」
「?――――!」
「――何だ」
マトヴェイが事態を察する。
ノジオスの顔色が変わる。
感知を察知したバンター以外の誰しもが黒装束に注目した。
「誰か結界に引っかかったのか」
「……隠れるつもりもないようです。行きます」
「俺ッ様の言葉を聞いていなかったのか? 念には・念を・二人でも三人でも連れていけっ。傭兵崩れに武人を気取る余裕などなァいッ!!!」
「……気取るつもりも、元よりありません」
そう答え、仮面の奥にある視線を幾人かに向ける黒装束。
応じ、数人の悪漢が不敵に笑いながら――黒装束の後を追った。
ノジオスは椅子に座り直し、再びゆっくりと煙管をふかす。
鼻から、追って口から煙を吐き出した。
「……しかしなぜ、犬猿の仲と言われたアルクス共と国軍見習い共が共闘を……いや、奴らもそれほど追い詰められているということ、状況的にはイーブンなのだ……くそッ。王壁さえ、王壁さえ崩せれば――王族を一人でも捕らえられていればっっ」
「それだよな……念入りに調べ上げていたはずなのに、何故誘拐を実行したあの日に限って、国民に顔も知られぬ箱入り王女が部屋にいなかったのか……情報の洩れも裏切りも確認できなかったんだよな」
「……待つしかあるまい。そう、すべては・時間の・問題なのだ……」
漫然を会話するノジオスとマトヴェイ。
そんな二人には、聞き取れないほど小さな声で――バンターはわずかに目を開き、つぶやいた。
「――――二人」




