「ノジオス・フェイルゼイン」
「名はパルベルツ」
背の高い黒装束の背後にいたもう一人が話し始める。
驚いたことに声は背高と全く同じ、ひどく中性的な声。
マトヴェイは眉をひそめた。
(あの仮面……変声石みたいな効果もあるのか。さすがは軍事大国バジラノ、オカシなもんを作ってる)
「術者の所有属性と同じく、風の属性に感応する魔装剣。その上作りもよいようだ――号令一つで離れた所から手元に戻ってきた」
「離れた所から……? どうやって魔力を送り込むってんだ?」
「そこまでは読めませんでした。ある程度方向を操ることもできるようです」
「……まだ隠し玉があるよな、相手があのガイツ・バルトビア、歴戦のアルクス兵士長であるというなら。用心しないとな」
「今回は不意打たれました。次は油断なく、更に警戒して当たらせてもら――」
ばしん、と。
札束が黒装束の仮面にぶつかり、赤い絨毯の敷かれた床へと落ちた。
黒二人が、そしてマトヴェイが札束を投げた人物を見る。
それはシルクハットのつばで表情のうかがい知れない、ノジオス・フェイルゼインだった。
「――商売ってのは戦場、生き馬の目を抜くような世界だ」
否、うかがい知れないのは表情のみだ。
彼の姿が怒気を孕んでいることは、物心つかぬ子供でも分かりそうな程明白であった。
「そんな世界で地盤と財を築き遥か見上げんばかりの人脈の峰々《みねみね》を屹立させるに至るまで一体どれだけの苦杯と辛酸を舐め機を逃さぬよう神経を張り詰め続けたことか未だ貴族至上主義蔓延るこのリシディアでッ!」
先ほどまでのような、勢いに任せた怒りではない。
どこかひどく冷静で冷酷な、知を感じさせる怒声。
マトヴェイのよく知る父の姿だった。
「そんな俺ッ様が一番嫌いな・一番嫌いな言葉が何か・分かるか?『油断』だこの馬鹿どもがッ!」
ばしん、ばしん、ばしん。
まるで石を投げつけるような剣幕で、ノジオスは黒装束に、その場の悪漢に、バンターに札束を投げつけ続ける。
気付けば各人の前に、札束の山が築かれ始めていた。
「だが理解はしているぞ。お前達食うに困った傭兵崩れ共と俺ッ様は一蓮托生、どちらが欠けても世に名残せぬ二流・人類・少なくとも・今は。この国に誼だけで徒党を組みこびりつく垢のような王族を・大貴族共を残らず追い落とすためには協力が・不可欠・よく解っているとも!!」
金を投げ切り、空になったスーツケースを蹴り飛ばすノジオス。
彼はその動作から流れるように鎮座する豪奢な机の足元へと手を突っ込み、新たなスーツケースを蹴り開く。
そこにもまた、あふれんばかりの札束が収められていた。
「だが俺ッ様はなァ、『信頼』や『仲間』や『絆』などという曖昧模糊奇妙奇天烈・摩訶不思議・奇想天外・空理空論・無知蒙昧なものを頼みになどしなァい!! 生来性悪な人間という利欲の塊を団結させるものは後にも・先にも・『利』だ・言い換えればそれは――――金だ。金だ金だ、金でしかない!! いいかお前達ッ!!!」




