「チュートリアルはどこにある」
ドアの音と共に、赤毛よりも数倍落ち着いた声。
腰まで届く金色の長髪をした女性が、にこやかな笑みでこちらに近付いてきていた。
その背後に隠れるようにしてこちらを無遠慮に眺める赤毛と違い、こちらに敵意や警戒心を持ってはいないように見える。
『どこか痛いところはある? 治癒魔法を使っておいたから、大体の外傷は治っていると思うけれど』
「………………」
……何を言っているのかは、一言たりとも聞き取れていないが。
黙ったまま、目の前の女性の次の言葉を待つ。だが女性は何も言葉を発しようとしない。そしてその目は、何かを期待するようにこちらを向いたままだ。
『な、何も答えませんね。やっぱり変質者だから答える気が』
『というよりは、この子……』
恐らく今、何かしらを質問されているんだろう。
俺は身体言語が伝わることを祈り、首を傾げてみせる。
ブロンドの女性がハッとした。
『解らないんだわ。きっと』
『え。もしかして……言葉がですか?』
『ええ。それじゃきっとこれまでの言葉も……マリスタ。「壁の崩壊」、もちろん覚えてるわね?』
『え。え、ええと。あはは。どうやるんでしたっけ』
『もう、あなたって子は……初歩の魔術よ?――まず、基点となる座標を自分に固定する』
『あ、なんか思い出してきました! 確か、固定点は指先が多いんでしたっけ』
『魔術の効果範囲が一番簡単だからね。呪文も簡単だから、あなたでもきっと詠唱破棄が可能なはずよ。――壁の崩壊』
『壁の崩壊!』
「!」
赤毛とブロンドが、同じ言葉を口にした時。
何か、目には見えない気配、のようなものが広がった――気がした。
同時に、二人の人差し指の先が蛍光のように淡く発光する。
見覚えがある――あの赤髪の男もやっていた動きだ。
そして、途端。
「……よし。これで、あなたにも通じるようになったんじゃないかな」
「……! あ、ああ……通じている」
「うわ、しゃべった!」
「こら。失礼でしょ」
「あぁすみませんっ。外国の人となんて話す機会ないし、『壁の崩壊』なんて使ったの初めてで」
「まったく……まあそんなことより、君の方を何とかしないとね」
ブロンドの女性は俺に向き直ると、再び柔和な笑顔を浮かべた。
俺や俺の世界の人間と、全く変わらないように見える風貌。それなのに、魔法などという奇天烈な術を難なく使いこなす、俺とは全く違う人種。
彼らが所謂「人間」と呼べる種族? なのかさえ、定かではないが……俺は、確実に俺の世界とは違うどこかに来ている。それだけは認めるしかないだろう。
「どこか、まだ痛む? 治癒魔法を使ったから、外傷は治っていると思うんだけど」
「治……ああ。体の痛みはもうない」
治癒……いわゆる回復魔法か。なんとまあ、RPG御用達の台詞なことか。
一部の男子たちが聞いたら歓喜するかもしれないな。元居た学校の。
「よかった……ええとね。貴方がどこから、どうしてここへやって来たのかは、私達には全然わからないけれど――私たちはあなたに敵意を持っていない。あなたはどう?」
「…………俺も、敵意はない」
たっぷりと時間をかけ、これだけ口にする。
魔女や俺があの赤髪の男に狙われていたように、こいつらも追手に変貌する可能性は十分ある。
どこまで上手くやれるか知れたものではないが――ここは可能な限り、こちらは話さず向こうから情報を引き出すのが得策だろう。
「それじゃあ、自己紹介をしましょう」
 




