不細工
杉山穂波は不細工だ。不細工と言っても、ただの不細工ではない。真の不細工、もしくは不細工の頂点と呼べる代物だ。いや、それ以上か?とにかく右に出るものが居ないどころか、彼女の足元に及ぶ不細工すら居ない。
彼女の顔を見た人が言うことには「地獄を顔面の大きさに凝縮した物」だそうだ。とにかく、とてつもない不細工だ。
人間にはそれぞれの好みがあって、それぞれの嫌いな顔がある事だろう。小さい鼻だったり、出っ歯だったり。自分の思う不細工を構成する要素がある。自分を不細工だと思い込み、悲しみに暮れる女性はどこにでも居る。逆に言えば、美しさの基準を決めるものがあるはずだろう。
ある人が言うには、美はその人の潜在的生殖能力の現れだと言う。またある人が言うには、美は傾向があるだけの物で基準は無いと言う。
有り体に言うと、この論争は無駄だ。なぜなら、杉山穂波の顔面から、如何にかけ離れているかで美の基準とすることができるからだ。彼女の不細工は絶対的基準になりうる。彼女こそは真の不細工だ。
若者たちが不細工をからかう言葉を借りると「直視できない程の不細工」と呼ばれる。だがこの言葉は間違っている。正確には「直視してはいけない程の不細工」なのだ。
実際、杉山穂波が生まれたその日。小さな産婦人科で、彼女の母親が、彼女の体を産み落とした瞬間。助産師が二人彼女の顔面を直視した。最初、二人の持つ4つの眼球は視覚情報として、脳へ電気信号を送ることを拒否した。眼球は焼け、視神経がズタズタになり、それでもなお残った神経伝達機能が、助産師らの脳みそに杉山穂波の顔面を焼き付けた。
片方の助産師は卒倒し、両目の房水は三重水素水になってしまった。もう片方の助産師は一時間の間嘔吐し、医師の前に姿を表した頃には、黄色い炎を上げる両目を両手に持っていた。二人は視力を失い、暫くして味覚と嗅覚を失った。二人共が脳裏に焼き付いた杉山穂波の顔面に震え上がり、PTSD様の神経症状を訴えた。一人は数年後に自殺したという。それ程の不細工だ。
そういう訳で。彼女は、生まれてこの方、お面を被って生活してきた。頭を振ってもズレず、完全に全てを覆い尽くせるようなマスクだ。
学生時代に虐められたと思うかも知れないが、そんな事はなかった。陰口を言われ、落ち込んだり。友達が少なかったりしたが。皆にからかわれるような事はあまりなかった。というのも、最初に入った学校で、ちょっとした事故があったのだ。
彼女は、自身を守る鎧であり、周囲人々の命を守る盾でもあったお面を取り落としてしまった。その顔が目に入った瞬間、眼球が昇華し炸裂した。その爆風で、哀れな目撃者達の顔面は吹き飛び、前頭葉が押しつぶされた。現場は、自爆テロよろしく肉片が散乱し、被害者たちの呻き声や悲鳴で満たされた。かろうじて生き残った彼らは、今や顔面は焼け、顎は吹き飛び、人間らしい思考すら奪われたのだ。その顔面を見た同級生と担任、合わせて14名が重症を負った。今でも生き残っている11名が、後遺症に苦しんでいる。
だから彼女をからかう人間はいなくなった。からかってもお面を外されるのがオチだ。杉山穂波の友達は居なくなった。みんなの陰口が聞こえてくる、彼女自身の顔面への怒りが積もってゆく。
杉山穂波が成人してから、事態は悪化した。不細工に拍車が掛かったのだ。とは言え、これまでのところ、彼女の顔面の目撃者は、全員が失明している。かわいそうに。
だから、今までよりも不細工かどうか、確認する術は無かった。だが、目撃者の症状から見ても、不細工に拍車がかかったことは言うまでも無い。
ある日の夜遅く、自宅近くの暗い道で。チンピラ集団に襲われた。もちろん、彼女のことだから、チンピラ集団は一瞬で全滅した。しかし、驚くべきことに、駆けつけた警官たちが確認したところ。襲撃に参加したチンピラ18人全員が死んでしまったとこがわかった。
チンピラの眼球のみならず、小脳に至るまでの生命維持に必須な器官までもが、全て25万ケルビンのプラズマと化した。彼らは苦しまず、恐怖を覚えず、杉山穂波の顔面の視覚情報が大脳で処理される以前に死んだ。遺体は全て燃えてしまったから、家族には遺灰だけが引き渡された。
警察は、殺人事件として捜査した。杉山穂波は重要参考人だから、拘置所で過ごすことになる。警察は、彼女が新手の化学兵器でも開発したのではないかと、考えているらしい。彼女からすれば被害者なのに、不当に捕まったという事になる。私はお面を外しただけだ。私は何もしていない。悪いのはお前たちだ。強い態度にでる杉山穂波に、警官たちは「悪い警官」として対処した。彼女を罵倒し、追い詰め、殴りつけた。何様のつもりだ、お前は人殺しなんだ。さっさと自供しろ。とぼけたって無駄だぞ。馬鹿みたいにお面を被りやがって、どうせ人に見せられないような顔なんだろ。この不細工め。今まで押さえつけていた杉山穂波の怒りは、頂点に達した。
彼女は躊躇せず、ほかの事は考えずにお面を外した。聴取をしている刑事は、眼球あたりから爆発した。杉山穂波の顔面に、気化した後に飽和した血液とタンパク質の凝縮したものがこびりついた。不細工に拍車がかかった。爆風だけで、聴取室の鋼鉄の扉がひしゃげた。駆けつけた警官らは拳銃を抜いていた。バン、拳銃ごと吹き飛んだ。逃げようとする人々が振り返る。バン、皆殺しにした。
生涯に一度でも、これほど長い間、顔面を晒したことがあったろうか。なんと気分の良いことだろう。
子供がこちらを見る。バン、死んだ。何事かと振り向いた人々の視界に映り込む。バン、死んだ。辺り一面に大パニックが起きる。誰も彼女に対抗できない、その事実が何よりも気持ちがいい。
ルンルン気分で脱獄し、追いかけてくる人々も皆殺しにする。私は脱獄するだけでは済まないぞ。今私は、私の顔面が最強の兵器だと気がついた。誰だって、人を見ずに殺すことは出来まい。つまり、誰にも私を殺すことはできない。なんて気分がいいんだ。お面が無いってこんなに気持ちが良いのか。こうなったら、二度とお面をつけるもんか。無理やりつけようとする奴も、目を合わせるだけで殺せちゃうんだからな。最高だわ。それだけじゃない。この顔に対抗できる人間なんか居ないんだ、あわよくば世界征服だって出来ちゃうぞ。そうだ、世界征服だ。きっと私は、この為に生まれたんだ。
くだらない啓示を受けた彼女は、国会議員を皆殺しにし、警官隊を屠り、民衆を消し去った。
自分が頂点に立つ世界を着実に作り始めている。しかし、自分であちこち回るのは骨が折れる。
そこでアイデア、写真を撮ってばら撒く。これで逆らう人間を皆殺しにするぞ。長い歴史のなかで、ビラが民心を操作してきた。こんどはこれが死因になる。ふふふ、ビラを拾った人間は全滅だ。彼女は生まれて初めて、自分の顔が写った写真を撮った。ビラを作り、ポスターを作った。
さあて、どんな仕上がりかな?
バン、杉山穂波の首から上が爆発した。