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やさぐれ神官の精霊払い

作者: kazae

「アンソロジー水」きかくに参加させていただいたときの作品。




 ぽたり、ぽたりと。

 雫が歌う。


 ああ、お前は。

 いったいどこへ逃げていこうというのか。


 ◇


「それで、ちょっと厄介事を起こしている水の精霊を、俺に退治してほしいってわけか」

「お願いします、メルタ様。貴方は前任の司祭様のご子息でいらっしゃる。妖魔を退治することもできると聞いております」

「我々にとっても、どうしてこういうことが起こったか困惑しているのです。湖や川にしばしば出没するという水妖が、こともあろうに、教会の敷地内で飛び回っていたなどと…・…」

「あやつは、遭遇した人間に、何かしらのひどく恐ろしい幻覚を見せるようで、昨夜も宿直の者が、意識を失って礼拝堂の入り口のところに倒れておりました」

 俺が友人らと一緒に、サイコロ遊びに興じていた時、唐突に、何やら場違いな様相の連中が踏み込んできた。

 真っ白なケープを肩に着けた、聖職者の身なりの男達が数人、遊技場の中で賭け事に興じている人間の顔を一人ひとり確かめていた。そして俺の姿を見つけると、即座に取り囲むようにして詰め寄って、同行を求めてきた。

 何かまずいことでもやらかしたのか、と、好奇の目を向けられる中で、瞬間的に事情を察した俺は、内心で薄笑いを浮かべていた。昔、一度は厄介払いをした相手に向かって、頭を下げなくてはならない、自尊心の高い連中のことを思うと愉快だった。

「お願いいたします。かつて神官であった貴方様なら、水の妖魔を払うことなど、容易いことでありましょう」

 その神官を無下に追い出したのはどこの連中だよ、と心の中で思うが、一応ここは黙っておく。

 いつかこういう時が来ると思っていた。この時を待っていたのだ。

 俺の両親は、教会に仕えていた聖職者だった。だけど三年ほど前に、教会内の派閥争いが起こり、両親とも追い出されて今は行方知れずになっている。俺は神官であった父の後を継ぐはずだったが、今は町の職人工に引き取られて過ごしている。

 気ままな暮らしに慣れてしまって、堅苦しい教会に閉じ込められて神官に戻るなんて正直ごめんだった。だけど、自分たちの立場を護るために、形だけの聖職者の身分を飾っている連中のことが大嫌いだった。

 幸か不幸か、神官の力なら両親から受け継いでいる。

 都合のいい時だけ頼りに来る辺りは腹立たしいが、この機会を利用して、教会の奴らに目にもの見せてやりたい。

「で、何なんだ、悪さをしている水妖ってのは。もう少し詳しく教えてくれ」

 水妖というのは、水に宿る精霊のことで、場合によっては、何かしら人間に悪い影響を与える妖魔とされている。

 神父たちは互いに顔を見合わせた。

「水妖とは、水馬のことです。人間の痛みの記憶が、蹄を持った獣の形になって宿り、人を襲っているのです。

 この水馬が現れた現況を探って、消し去っていただきたい。これ以上被害が出る前に、どうか」

 近くで、夕暮れを知らせる鐘の音が響いていた。ひどく空虚な音色だった。

 面白くなってきやがった。


 ◇


 同行にあてがわれたのは、俺と同年代くらいの修道女が一人。名前はシーナと言った。一見すると、少しぼんやりした雰囲気の、あどけない顔立ちの可愛い女の子なのに。

 しばらく一緒に過ごしてみると、ずいぶんと愛想の無い無感情な子だった。適当に過ごしてるけど、これはやりづらい。

「どうしてあなたみたいな……ゴロツキみたいな暮らしをしてた野蛮な人が、神官の役目を任ぜられて、こんな場所に来ているのかしら」

 ぼそり、と小声で呟いた言葉が、しっかりと俺の耳に聞こえた。

 一瞬もう帰ってやろうかなと苛立ったけれども、俺のことを舐められたまま立ち去るのも非常に気分が悪い。

「あんたが水馬の居場所を感知できるって聞いて、協力してもらうように言われてるんだよ俺は。いいから、さっさとやってくれ。悪さをする水妖が野放しになってて、何も手出しできないままでいるってこと、困るのはあんたたちのほうだろう」

 けしかけるようにしてシーナに話しかけてみると、涼しげな眼でちらりと一瞬こちらを見て、小さな溜息を一つ吐いた。

 やがてのろのろとした手つきで、胸元から小さなロザリオを一つ取り出した。

「銀盥に水を張って、その上にこのロザリオをかざすと……、水馬が潜む方角にこれが揺れるはずです」

 正直、これはただのおまじない程度の意味しか持たないと俺は気付いていた。これで簡単に水の精霊が現れる場所がわかるなら、もっと話は早いはずだ。

「あれこれと試みたんですが、誰も退治することができなかったんです。しまいには、神父様も他の修道女も、恐ろしくて誰も近寄りたがらなくて」

 そう言って目を伏せて、ロザリオを銀盥の中の水にひたす。静かにロザリオを引き上げると、透明な雫を垂らして、ロザリオが震えるように小刻みに揺れている。

「あまり外部の人に頼りたくはなかったのですが……、それでも私は、あなたに頼らざるをえないんです。協力していただけるのなら、どうか、よろしくお願いします。私がご案内しますので」

 震えているロザリオの揺れは、シーナの手が震えているんじゃないかという気がした。何も言わずに俺は、とりあえずこの場はうなずいておいた。


 ◇


 その日の夜。

 俺は、教会にいる修道女の一人を呼び止めて、礼拝堂が見てみたい、と頼んだ。

 やや年配の、眉間に皺を刻んでいる修道女は、俺を見ながらあからさまに苦々しい顔をした。

 まだ今日の分の礼拝が済んでいなかったので、どうか祈らせてくださいな、と。軽く微笑みながら、手を胸の前にあてて、神父が祈りの前にささげる仕草を見せる。たったこれだけのことで、修道女の険しい表情が幾分かやわらぎ、すんなりと礼拝堂まで案内してくれた。

 神官のふりをするのは、俺にとっては簡単なことだった。礼拝の作法も、言葉も、修道女がうっかり気を許すような言葉遣いも知っている。四年前に両親が教会から追放されるまでは、俺もこの教会に自由に出入りしていたのだから。

 一言でいえば派閥争い、という話になっているが、どうしてそういう争い事が起こったのかも、自分なりに把握している。

 ここの教会は、水を神聖なるものとしてまつっている。

 水の都と呼ばれるこの街では、枯れることなく水が湧く泉と、その泉から奔る幾筋もの河がある。人々は数百年の昔から、その河を水路として運河に利用して暮らしてきた。

 神聖なものとみなす傍らで、水を媒介とする精霊や妖魔といったものがたびたび姿を見せて、陰で人間にさまざまな影響を与えてきた。小悪魔の簡単なイタズラから、恩恵をもたらすウィンデーネ、人魚、水馬ケルピー、人の心を惑わす妖魔まで、実際に遭遇することは至極稀ではあったが、人の前に姿を見せる水妖の話は長く語り継がれてきた。

 水を祀る教会では、そういった水の精霊の存在が、おとぎ話ではなく実際に存在するということももちろん理解していた。問題は、その水の精霊を、人々が崇める神の敵とみなすのか味方とみなすのか、しばしば議論が繰り返されていた。

 今、教会の勢力を取りまとめている派閥、ルアス派は、人の前に姿を現す水の精霊を、総じて水妖とみなし、人を堕落させて害を与えるものとして、祓い清めるべきだと考えていた。一方、それに対してリアレット派は、水の精霊を、人の世界と神の世界の両方を行き来する存在だとして、神の化身だとみなして崇め、共存するように努めるべきだと論じていた。議論の衝突についに決着が訪れ、水妖を害とみなすルアス派が教会での主導権を握り、水の精霊を崇めようとしていたリアレット派に属していた者たちは、聖職者の身分を剥奪され、追放されることになった。そのとき追放された人間が、俺の両親だったというわけだ。

 人の前に姿を見せる水の精霊の存在を、認めるか認めないか。そのどちらであろうとも、最初からわかっていたことだ。人間の力で、水の精霊をすべて消し去ってしまうことなんて到底不可能なのだ。人間に限らず、生き物はすべて生きるために水が必要不可欠。それを、教会の聖職者達で、利のあるもの害のあるものの区別なく、自由にコントロールできないことをふがいないとして、人間の……いや、神の敵だとみなしてしまうのは、あまりにも安直で身勝手な論理だ。

 なぁ、そうだろう、水の記憶を操る水妖。

 礼拝堂の奥にたどり着いた俺は、祭壇の前で足を止めて、祭壇に満たされてる水の様子に目を凝らしていた。

 明かりはステンドガラス窓から取り込まれる月明かりのみ。静寂に満ちた夜の礼拝堂は、水の滴る音だけが、オルガンの音色のように清らかに高く響いていた。

「汝、いにしえの清らかなる流れの導きに従い、己の身の不浄を悔い改め、その姿を示せ……」

 昔習っていた作法をそのままに試してみる。

 右手の指先を二本揃え、祈りの言葉に合わせて、左から右へと二回、そして額の前から胸元まで上下に二回、指先で空を切る。縦に切るのは水が天から地へと注ぐ様を表し、横に切るのは満たされた水が平らに湛えられている様を表している。

 そして一呼吸置いた後に、数秒ほど息を止め、ゆっくりと右手を前方の祭壇に向かって差し出す。この時に、上向きにした自分の掌にわずかにくぼみを作り、この手の中に、目に見えない水がこぼれ落ちてくる様子を思い描く。

 これは、水の精霊を呼び出すときの礼拝の作法。

 水の精霊の存在を信じ、修練を積んで精神力を高めている神官ならば、この作法の手順で、本来意図的には呼び出すことができない水の精霊や妖魔に、声を届けることができるという。

 目を閉じて精神を集中させながら、差し出した右手に、同じように左手も添える。掌でくぼみを作った両手は、水が湧き出す泉を模している。ここから湧水がこんこんと湧き出る様子を思い描き、そして。

 やってくるのをじっと待つ。


 こぽ  こぽ  

 こぽこぽ こぽぽ こぽ


 静寂に満ちていた祭壇の、鏡のように静かだった水面が。にわかに、熱湯が湧き上がるときのような水音が響きだす。

 来たな。

 ばしゃり、と。不意に勢いよく波が弾ける音が響き渡った。大きな石を投げ込んだ時のように激しい水飛沫を上げながら、透明な水が弾け飛ぶ。

その中から沸き上がった水の塊が、大きくうねりながら、蹄を持った獣の姿をかたどったのを、しっかりとこの目で確認した。

 これが、水馬。

 昔、母さんから聞いたことがあった。

「へっ、いきなりビビらせようったって、そうはいかねぇよ。生ぬるい温室で育ったような神官じゃねぇんだ俺は。このくらいじゃ逃げ出したりなんかしないからな」

 俺は知ってるぜ。水馬は、人間の『記憶』に水の精霊が宿りついて、姿を持った水妖だ。

 なぜ水馬が現れるようになったのか知るためには、その記憶の元凶を探らなくてはならない。

 祭壇に現れた水馬に向き直り、俺はもう一度、両手を差し出す。ここで怯んだり怖気づいたりしてはだめだ。精神力で負けてしまうと、自分の呼び出した水妖の魔力に気力を吸い取られてしまう。

 お前が何の目的があって人間の世界に現れて暴れているのか、何か叫びたいことがあるというのなら、俺に教えてくれ。

 水馬は、馬と呼ぶにはひと回りほど小さく、大きめの犬ほどの姿形をしていた。その全身が水でできていて、中に蛍でも潜んでいるかのように淡く青い光を帯びて、夜の礼拝堂の中にいて、ぼんやりと輝いて見えていた。

 四本の脚には、黒ガラスのような蹄があり、ぴしゃりぴしゃりと、常に波紋を描いて浮きながら歩いていた。暗闇の中で青白く浮かび上がるその姿は異様な威圧感があり、じっと見つめていると、胸を塞がれるような息苦しさを感じる。負けるものか。俺は水の都の神官だ。

 ゆらり、と。

 水馬の姿が、溶けるように揺らいで見えた。一瞬、暗く冷たい水底に突き落とされたような、視界が消える錯覚に陥った。背筋に寒気が走り、体の自由が利かなくなる。

 これ、は。

 ずきりと、胸が突き刺されるかのように痛んだ。ぴしゃりぴしゃりと跳ねる水音が、頭の中で、誰かがすすり泣く声に変わって、何度も何度も繰り返し響いてくる。

 誰が泣いている声なんだ。これは。

 ごぽ、ごぽ、と。自分を取り囲む四方から、くぐもった水音が響いてくる。

 まずい。水妖に近づきすぎた。このままだと、喰われてしまう。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 声が聞こえる。瞬間、これがどこかで聞き覚えのある声だと気付いた。

 ごぼごぼごぼ、と、水が湧きかえるような音が、一層激しく響いてくる。針で突き刺すような痛みが全身に襲ってくる。あまりの激痛に混乱して叫びそうになるが、ぐっと歯を食いしばってこらえた。痛い。なんだ、これ。


 こぽ こぽ こぽぽ こぽ ……

 ぴしゃん ぽた ぱたり ぱしゃん


 違う。ただの水音じゃない。水馬は人間の痛みの記憶から生まれてくる。この痛みは、水馬に宿った記憶の痛み。滴る水音は、誰かの記憶の残滓。

 泣かないでくれ。

 俺が、その痛みを洗い流してやるから。

「シーナ……?」

 耳を塞ぐほどの激しい水音に耐えながら、どうにか、思い当たったその名前を声に出す。

 絶え間ない水音は、誰かの涙がこぼれる音。ごぼごぼと苦しげに呻くような水音の中に、静かに震えながら、手に持ったロザリオから水の雫をしたたらせていた、あの時の水音が重なって聞こえていた。

 銀盥にロザリオをひたすのは、自分の心の中に澱む感情を洗い流し、すすぐ儀式。

 そうした祈りが、人間の痛みの記憶から生まれる水馬を招くのならば、水盥にすすぐのはきっと、自分では抱えきれない痛みの感情なのだろう。

「ごめんなさい、やっぱりこうなってしまった……。どうか私を、消し去ってください」

 祭壇の片隅に、隠れるようにしてうずくまっている、小さな人影を見つけた。白いケープを身に着けた、シーナの姿だった。水馬が現れた時からずっと聞こえてくる、すすり泣く誰かの声は、やっぱりシーナのものだった。

 ぴしゃりぴしゃりと水音を鳴らしながら、変わらず水馬は跳ねまわっている。ぼんやりと青く冷たい光を放ちながら、慟哭のような水音を響かせている。

「ああもう、細かいことはどうだっていいから……なんで、あんたがずっと泣いてるのか、それを教えてくれないか」 

 宿っている痛みの記憶を消し去らなければ、水馬は消えてくれないはずだ。ならば、どうすればその、人の痛みを消すことができるのか。

 祈りだけじゃ人間は救われないんだって、昔、両親から教えてもらった。水妖は人に恵みをもたらすこともあれば、害をもたらすこともある。でもそれは、結局は人の心から生まれてくるんだよって、それがリアレット派の聖職者の中の一部で語られていた話だった。神様も悪魔も、人間の心の中から生まれてくるんだ。

「私、ずっと昔、水妖に命を助けられたことがあるの……。泉で溺れかけたときに、小さな人魚の姿をした、沢山の水の精霊が集まってきて、すくいあげてもらった。だから私、本当は水の精霊を神様の教えに反するものだと思いたくなかったのだけど、でも、今の司祭様はルアス派を主張して、水妖は悪さをするから、見つけ次第消さなくては、って。私それが、恐ろしくて。でも、何も言えなくて……」

 ぴしゃりぴしゃりと。

 哀しみの嘆きのように、水馬の蹄が、水音を鳴らし続けている。そしてシーナは、頬から涙の雫をこぼしながら、嗚咽を漏らして泣きじゃくっている。

 ああ、そうか。

 自分の本当の気持ちを言えず、押し殺していた心が、痛みの記憶に宿る水妖を招き、更にそれを隠し続けている苦しみが、水馬をここに呼び続けていたに違いない。

 俺は、やっと水の中から出て呼吸ができるようになった気分がした。胸を塞ぐようなこの息苦しさと、全身を針で刺す痛みの感覚は、シーナが抱え込んだ罪悪感と、本心を隠す後ろめたさだったんだな。

 呼吸を整えて、俺は指先をそろえて、左右に二回、上下に二回、静かに空を切る仕草をとる。

 汝、いにしえの清らかなる流れの導きに従い、己の身の不浄を濯ぎ、聖なる水に流して御心を改めよ。

 そっと口の中で、祈り文句を唱えて水馬に向き直る。

 大丈夫。水は、痛みを溶かして濯いでくれるものだ。心の澱みは、祈りによって流すことができる。

「それさぁ。言わずに抱えこんでるからいけないんだよ。俺の両親も、水の精霊を味方だと主張していたから、ちょっと教会での派閥争いでごたごたしちゃったみたいなんだけどな」

「でも、本当は水の精霊のことを信じているのに、神様に嘘をつきながら毎日祈るなんてできなくて。でも、私、ここを追い出されたら他にどこへ行けばいいのか……」

「神様に嘘なんかつかなくていいんだよ。現に水馬は、お前を助けたくてここに現れていたんだと思うぜ。水馬が見せる痛みの記憶は、シーナが抱え込んでいる苦しみの感情なんだから、その気持ちを他の誰かに気付いてほしくて、水の中から姿を現すんだよ」

 泣きはらした目をしてうずくまっているシーナにそっと手を差し伸べて、頬を流れている涙の雫を受け止めた。無表情で愛想がないと思っていたけど、素直に苦しみを吐き出して泣いている彼女は、小さな妹のように見えて放っておけない感じがした。

「どうして、あなたに、そんなことがわかってしまうの……」

「神官だから。俺は、水の精霊の声を聞いて、人を助ける神官だからな」

 ついついこんなことを言ってしまう。

 戻ってきて聖職者に就く気なんかなくて、今は自由気ままにほっつき歩いてるしな。そのつもりだったのに。

 でも、こんなの放っておけないじゃんかよ。

「また泣きたくなったら俺んとこ来いよ。護ってやるから」



 ◇



 それから後日。

 水馬がここの教会に出没することはなくなった。

 教会から、水妖を浄化させたという功績から、ぜひここに留まってほしいと懇願された。本当に都合のいい話だなと呆れたが、また同じことが起こってはと気がかりなのもあったし、結局は俺のほうが折れた。それにしても、できれば堅苦しい暮らしはしたくない。

「俺、遊びに行きたいんだけどなー」

「メルタ様、せめて月一回の礼拝の日くらいおとなしくしていてください」

「だいたい、こんな面白味のない生活してるから、鬱憤溜まって、気持ちの淀みが水の中に悪い精霊呼び出しちまうんだろー。聖職者だって人間なんだしさー。適度に気晴らししろよ」

 シーナは、それから少しだけ、俺の前で笑うようになった。いろいろ悩み事を一人で抱え込む性質だったみたいだけど、少しは人前で感情を外に出すことを覚えたみたいだ。

 こぽ、こぽこぽ、こぽ。

 今でも、たまにふと、どこからか水が溢れかえる音が聞こえてくることがある。そんなときは、ああ、また近くに何かいるんだな、と思っている。

 教会の連中は、頭が固いから、すぐうろたえて水の穢れがどうのとか難しいことを言い始める。水の精霊は、人間の心が呼び寄せるということを、まだよくわかっていないみたいだ。ま、何が起ころうと、どうにかなるさ。

 悪いことなんて、全部、水に流しちまえ。



                                      【了】 




 






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