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流れ星に願うのは

「あ、流れた!」


 真っ暗な中、小さな女の子が夜空を見上げて言った。

 八月にしては意外なくらい涼しい夜、ペルセウス座流星群を見るために集まった三十人ほどがシートの上に寝転がり、煌めく星空に注目していた。

 辺りからは気の早い秋の虫の声が聞こえる。

 私も持参したレジャーシートの上に仰向けになって満天の星空を見上げた。頭の下に敷くクッションも用意して気合十分だ。

 観望会が始まって一時間で、すでに流れ星を十個以上見ることが出来た。

 私の願い事も、叶うだろうか。



  ◇



『八月にペルセウス座流星群があって、うちの天文台でも観望会を予定してるんですけど、良かったら来ませんか? でも菅崎(すがさき)さんの家は遠いですもんね。こっちに来なくても、家の近くでも流れ星見えるかもしれませんよ。ぜひ空を見上げてみてください!』


 七月のある日、新田直樹(にったなおき)からメッセージが届いた。

 直樹と出会ったのは今年の五月、私が天体望遠鏡の付いたコテージに泊まりに行った時だ。彼はそこに併設された天文台の職員で、天体望遠鏡の使い方を教えてくれた。失恋した直後だった私は、満天の星空と彼の話に癒され、彼に近付きたいと思った。

 そして勇気を出して連絡先を交換してもらって、SNSでメッセージのやりとりをするようになったものの、私の家は彼のいる所から車で約三時間の距離。あれ以来一度も会っていない。メッセージの内容も、「梅雨はあまり星が見えないので残念です」とか「毎日暑いですね」とか、当たり障りの無いものばかりだ。今の私達の関係は友人、いや、もしかしたらまだ知人のレベルかもしれない。

 よし。


『観望会行きます! 仕事はお盆休みの予定なので。晴れるといいですね』


 私は決心してメッセージを返信した。

 彼に会いに行こう。



  ◇



「ここにぼんやり白っぽく見えるのが天の川です。天の川を挟んでわし座のアルタイル、こと座のベガ、そしてはくちょう座のデネブを結ぶと、夏の大三角になります」


 ペルセウス座流星群観望会で流れ星を待つ人達に、直樹が夏の星について解説する。

 彼の話し方はとてもやさしく、やわらかな声を聞くと気持ちが落ち着く。しっかり隣に陣取ったおかげで彼の声がよく聞こえるので、心地よさにうっかり眠ってしまいそうになる。

 直樹の話に耳を傾けながら空を見ていると、また星が流れた。周りの人々も気付いて声を上げる。

 私は顔の前に手を組んで、何度目かの願い事をした。



「それではそろそろ時間ですので、ペルセウス座流星群観望会は終了します。観望会が終わってもここに残っていただいて大丈夫ですので、ご自由に星空を眺めてみてください。お帰りの方はお気を付けてお帰りください」


 直樹が観望会の終わりを告げると何組かのグループは撤収したが、まだ十人ほどの人達が流星群を楽しんでいた。


「晴れて良かったですね」


 私はいそいそと、参加者に貸し出していたシートを片付ける直樹に近付いて声を掛けた。観望会の最中は他の人もいるので話せなかったのだ。


「そうですね。流れ星結構見えましたし。そういえばさっき願い事してたみたいですけど、何かお願いしたんですか?」


 彼が相変わらずの穏やかなトーンで言った。

 数歩先も見えないくらい真っ暗なのに、彼は私が願い事をしているのに気付いたらしい。


「はい。せっかくの流れ星なので。……叶うといいんですけどね」

「たくさん流れたから、叶うかもしれませんよ」


 流れ星に三回願い事を言うと、願いが叶う。

 そんな子供っぽい迷信を本気で信じていたわけではなかったけれど、彼が言うと不思議と本当に叶いそうな気がした。


「この後どうするんですか?」


 シートを纏め終わった直樹が私に尋ねた。

 観望会で一緒にいたとはいえ、まともに会話も出来なかったし、このまま帰るのも物足りない。


「新田さんは?」

「僕はまだしばらく帰らないつもりです。撮影もしてるので」


 そういえば、天文台のサイトには綺麗な星空の写真がいくつも載っていた。


「じゃあ、私ももうちょっといます」


 まだもう少し、彼と話をしていたい。



 観望会の広場を離れ、私達はカメラをセットした場所に移動して流星群の観察を続けた。

 日付が変わり月が沈んだ後の夜空は、先ほどよりさらに星が鮮明に見える。


「あ、また流れた」


 カメラの調整をする直樹の横で、私はまた流れ星に願いを掛けた。


「熱心ですね。どんな願い事したんですか?」


 そう私に尋ねる直樹の声は小さい。

 広場から離れたこの場所には、私達以外他に誰もいない。聞こえるのはまだ控え目な虫の声だけだ。静かな所にいると、自然と声が小さくなる。

 彼はどんな反応をするだろう?

 ドキドキしながら、私も星を散らさないようにささやく声で答えた。


「新田さんが、私を彼女にしてくれますようにって、お願いしたんですけど」

「え?」


 彼は、観望会の最中に私が願い事をしていたのを知っていた。

 星じゃなくて私のことを見ていた、なんて思うのは自惚れだろうか。


「叶うと思いますか?」

「え、えっ、えぇっ!?」


 直樹の声が大きくなる。

 暗さで表情は見えないが、彼が動揺しているのは手に取るように分かった。


「あ、また」


 私は流れる光を目で追いながら、顔の前で手を組んだ。

 遠く離れた彼との距離を、もっと近付けたい。

 だから流れ星に願う。


「あの、実は、僕も願い事をしたんです」


 彼が口を開いた。いつもとは違う、緊張した声。


「菅崎さんと、また、もっと会えますようにって」


 彼の言葉は、私には少し意外なものだったけれど。

 流れ星に三回願い事を言うと叶う。

 それは、迷信ではなかったみたいだ。

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