番外編2-3
それからはあっという間だった。
通報によってやって来た警邏隊は、アランを除くすべての窃盗団の仲間たちをあっという間に連行して去って行った。
その間、アランはレナの部屋のクローゼットの中で膝を抱え、身を震わせながらすべてが終わるのを待った。
いつドアをノックされ、親方や警邏隊が自分を呼びに来るかと考えると、気を失いそうなほど恐ろしかった。何しろ、結果的に親方たちを警邏隊に売ったことになるのだ。いくら自分が助かるためだったとはいえ、今更になって自分が犯したことの重大さに気がついて、アランは震えが止まらなかった。
その間、レナはずっとアランの隣にいて、震える背中を優しくさすってくれていた。
やがて夜もすっかり更けた頃、ついに部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、オリビアです。入りますよ」
部屋に入ってきたオリビアは、心底疲れ果てた様子だった。
夕方見たときには寸分の乱れもなく整えられていたお団子頭も、今は無残にほつれ、白かった頬も疲労で青ざめ、わずかな時間にも関わらず心なしかやつれたように見えた。
「まったく。とんだ災難でしたわ。まさかあの業者が窃盗団だったなんて。聞けば、他の所でも同じようなことをしていたとか。ああ、こんなことが旦那様に知れたら、どんなにお怒りになられるか。ともかく、何も被害が無かったのがせめてもの救いですわ」
一連の報告を終えやれやれとばかりに肩をすくめたオリビアに、レナは礼を言った。
「オリビア、どうもありがとう。この子の事、誰にも話さないでいてくれたのよね?」
「お嬢様……。私は別に、この子だけ見逃してやろうなどという気持ちでそうしたのではないのですよ。ただ、警邏隊に引き渡すよりも、孤児としてしかるべき施設に入れてやった方が良いと思っただけで」
するとオリビアの言葉を聞いたアランの肩がびくりと跳ねた。
「……どうしたの?」
アランの顔を覗きこんだレナは、伏せられた表情が怯えきっていることに驚いた。
(体が……震えている……)
「……施設になんて入ったら、すぐにあいつらが仕返しに来る……」
「まさか。いくらなんでも……」
アランは大きな目玉をキッと上げてオリビアを睨んだ。
「あんたはあいつらの執念深さを知らないんだ。この辺りで孤児を預かる施設なんてそう幾つもあるもんじゃない……。あっという間に探し出して俺を殺しに来るはずだ……」
子供の口から漏れた不穏な言葉に、オリビアは息を呑んだ。もう一度「まさか」と口にしかけたが、アランの服の裾から覗く複数の痣が、虚言ではないと証明している気がして恐ろしくなる。
落ち着かないのか低く息をするアランの肩を、レナはなだめるように撫でてやる。触れた箇所から収まらない震えが伝わってきた。
たまらずに、レナはオリビアに言った。
「オリビア、この子をうちにおいてあげて。バーグが人手が足りないと言っていたから、園丁見習いとして雇うのはどうかしら?」
「――なんですって!?」
素っ頓狂な声を上げるオリビアと同じように、アランもまた目を丸くしてレナを見上げた。
(――何だって? 雇うって、この俺を? この屋敷で!?)
「お嬢様、いくらこのお屋敷に使用人がたくさんいるとはいえ、人を一人雇うというのは、そんなに簡単なことではないのですよ? 大体、旦那様がお帰りになったら何とおっしゃるか。いくらバーグのところに置くとはいえ、雇い主は旦那様になるのです。こんな大切なこと、簡単に決められることではありません」
「お父様には私からちゃんと説明するわ」
「……旦那様がお許しになるとは思えません。だいたいまだ子供ではありませんか。この子供を雇うということは、このウォルバート家が身元引受人になるということなのですよ?」
「だからこそ、あなたにも口添えをお願いしたいの。あなたの推薦があれば、お父様もきっとこの子を雇ってくださると思う」
「無茶をおっしゃらないでください……」
うんざりした様子でため息を吐いたオリビアに、レナは投げつけるように叫んだ。
「私だってずいぶん我慢しているわ……!!」
それが父親のつれてきた愛人のことを差していることがわからないオリビアではない。そのことで、レナがどれほど胸を痛めているかは、近くにいるオリビアが一番よくわかっていた。
「一つくらい、わがままを言っても許されるはずよ……」
震える声で搾り出すようにそう言ったレナを、オリビアはそれ以上責めることができなかった。
緊張しながら成り行きを見守っていたアランだったが、ものすごい剣幕で交わされる二人のやり取りがあまり理解できてはいなかった。
ただレナが自分のために戦ってくれているということだけはわかった。
レナの細い腕が、アランの小さな肩を守るように抱き寄せる。その力強さにアランは困惑した。
今日初めて会ったばかりの自分になぜこの人はこんなにも一生懸命になってくれるのだろう。理解できない行動に戸惑いながらも、躊躇いなく自分に触れるその腕の温もりが幸せでたまらなかった。
アランはすぐ上にあるレナの顔を見上げた。オリビアを睨むレナの瞳は、今まで見たどの女性よりも強く、勇ましく、美しかった。自分をしっかりと抱いてくれる腕は、細くてとても柔らかく、儚げなはずなのに力強くて、不思議な安心感があった。
胸の奥深くで味わったことのない感情が熱を帯びていく。疼くような痺れるような感覚に、アランは苦しくなると同時に心地良さを覚えた。
アランの視線に気付いたレナが、腕の中の少年を安心させようと柔らかく微笑んで見せる。
その笑顔を向けられた途端、突然アランの心臓は胸から飛び出しそうな勢いで大きく脈打った。
(何だろう、これ……。さっきから変な感じがする……。よくわからないけれど、この人のそばにもっといたいと思う。誰かのことをこんな風に思うのは初めてだ……)
数日後、アランは園丁見習いとして正式にウォルバート家に雇われることになる。




