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12-1

 世界は白に染まっていた。

 白い世界は、清廉なようでいて、その下に多くのものを隠している。


 白は、冷たく寂しい、孤高の色。

 その眩しさは射抜くほどの鋭さで見る者を貫き、その冷たさは荊の棘よりも容赦なく触れる者を拒む。

 その実、恐れずに触れてみれば、たちどころに溶けて消えてしまう脆い色。


 薄れゆく意識の中で、レナは白い雪を感じていた。


 なんとかして雪を溶かしたいのに、それにはこの手は小さ過ぎて、どうにもならずにもどかしくなる。


 自分の無力を嘆いている間にも、雪はどんどん降り積もる。

 世界を埋め尽くし、それでもまだ足りないとばかりに白を重ねていく。


 降り続く雪が、アランの罪の意識そのものなのだと気がついたのはいつだったろう。


(アラン……あなたはずっと後悔していたのね――)


 助けてやりたかったのに。雪を溶かしてやることも、白に染まってやることもできなかった。

 何が救いなのかわからなかった。一緒にいることさえ、既に答えではなくなっていた。


 ガラスの棺の中で眠るレナの閉じられた瞼から、一粒の涙が滲み出し、耳の後ろへ滑り落ちていく。


 いつも隣にいてくれたアラン。

 

 悲しい時には一緒に泣き、嬉しい時には一緒に笑った。

 相槌を求めれば必ず笑顔を返してくれたし、落ち込んだ時にはいつも励ましてくれた。

 孤独に苛まれた時には黙って隣に寄り添い、困った時には当然のように救いを与えてくれた。


 そうして姉弟のように共に過ごしてきたアランのことが大好きだった。

だからこそアランの気持ちを尊重したかったし、傷ついて欲しくなかった。


 失いたくなんかなかった。

 ずっと一緒にいたかったのに。


(ねえ、アラン――。もしも運命が――あなたが許してくれるのなら、次の生はあなたと対等な関係で生まれたい。そうしてまた、一緒に杏の花を見に行くの。桜と間違えて咲かせたあの懐かしい白い花を――)



   * * * * *



 ガラス越しにレナの目端から滑り落ちる清らかな雫を見つめながら、アランは静かに息を吐いた。

 零した吐息は、ガラスを曇らせることもなく世界に溶けて消えていく。

 かじかんだ指は感覚も乏しく、視覚にも薄らいで、今はもう棺に触れることさえ叶わなかった。


「お嬢さん、最期に一つだけ――」


 唇はまだあるのだろうかと動かしてみれば、思っていたよりも落ち着いた声が出てきたことにほっとする。


「もしも俺が生まれ変わったとき、お嬢さんと同じ人間だったら――」


 アランはそこで言葉を切った。

 この世界で最愛の人に手向ける最期の言葉が、埒もない弱音だなんてかっこ悪すぎる。


 思い直して、アランは表情を緩めた。


「――いえ、なんでもありません。どんな姿でも、どこにいても、俺はずっと、お嬢さんの幸せを祈っています」


 柔らかな杏の蕾が綻ぶように、春の風が温かな香りを運んでくるように、アランは穏やかに微笑んだ。


 優しい自然の営みは、見る者に移りゆく季節の儚さと微かな幸せをもたらして、爽やかに過ぎ去っていく。


 そうしてアランもまた、静かに、音もなく、世界からその姿を消した。


 柔らかな黒髪も、成長途中だった日に焼けた体躯も、わずかなお日様の残り香さえも、その気配を残すことなく――。



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