ドッキリ
ドッキリ
私はいま、タクシーの運転手をしている。その前はカップルをしていて、その前は死体に驚き腰を抜かす通行人をした。
つまるところ、私はいわゆるエキストラを副業にしている。
今日の仕事はタクシーの運転をすること。
ただ、それだけだ。
歩道から手を広げてこちらにサインを送っている青年がいる。
私はブレーキをゆっくりと踏み、その青年の前で停める。
地方から来たのか、大きな荷物を持っている。
青年はタクシーに乗り込むと私の予想通りに近くの空港へ行くようにと行った。
タクシーに慣れていないのか、青年はきょろきょろと落ち着きのない様子で視線を移らせていた。
「お客さん、空港についたらどこへ行くんです?」
「え?ああ、沖縄へ」
「観光かなにか?」
「いいえ。実家に帰るんです」
「沖縄って、やっぱり今の季節でも暖かいんですか?」
「ここよりはあったかいですよ。沖縄からしたら──」
青年は気づいたのだろう。
助手席に座る女性のことに。
「あの、隣にだれか座ってませんか?」
さあ来た。
「隣ですか?」
私は車を停めて振り返ると青年の隣を確認した。
誰もいない。
「誰もいませんけど」
「助手席の方です」
助手席を見る。
そこには女性が座っていた。
その女性は青年を乗せる前に乗せた人だった。そして彼女もまたエキストラ。
彼女に割り当てられた仕事は『幽霊』
彼女はさっきまで後部座席からは見えないように隠れていたのだ。
私と彼女は、青年の恐怖に歪む顔を撮るために送られた刺客とでもいうべきか。
空港のはるか手前に待つ『ドッキリ大成功』の看板を持つスタッフのもとに届けるのが、今回の仕事の内容だ。
「誰も・・・いませんよ」
「そうですか」
青年の顔は見る見るうちに青くなっていく。
「本当に誰もいませんか?」
「はい。いません」
「じゃあ・・・ここで降ろしてください」
待ってくれ、それは困る。まさかその選択をする人がいるとは思わなかった。
だが、これは仕事だ。目的地まであとほんの数100メートルなのに、ここで降ろすわけにはいかない。
「あともうすこ──」
「いいから停めろ!」
青年はより一層青白くなった顔で、ついに運転席を蹴飛ばして怒鳴り散らした。
目的地は見えている。だが、これはもうドッキリではない。ここまで怖がって冷静さを欠いてしまったからには、ドッキリではすまないだろう。
少々気は乗らないが車を停め、私はドアのカギを開けた。
お金も払わずにタクシーを飛び出した青年は、すぐさま反転し、助手席のドアを開けた。
ああ、ドッキリが──。
青年はつかんでいる手を思いっきり引っ張り、彼女を道路に引き倒した。シートベルトをすり抜けて。
「え?」
それが驚きから出たのか、背中を強く押されて吐き出された空気によるものなのかわからなかった。
青年が彼女を引っ張り出した直後、私のタクシーは居眠り運転をしていた車に追突された。
だが、軽くぶつかっただけで私にも相手にもケガはなかった。
ただ、あと数メートル前で停まっていたら工事現場の穴に落下していただろうとも言っていた。
本来乗るはずだった女性は体調を崩してしまい、これなくなっていたらしい。代わりの女性が30分遅れで来るはずだったのに、なぜかタクシーを走らせてしまったからスタッフたちはみな驚いていたらしい。
青年には、霊感があったらしくその幽霊が見えてしまったらしい。だから彼は、いままで見た中で一番驚いた顔していたのだろう。
まったく、これだからやめられない。
次はどの幽霊を乗せようか。
私、タクシーというものがどうにも苦手で、ほとんど乗ったことがありません。そもそもタクシーを見かけません。走ってません。
なのでタクシーの運転手が本当に話しかけてくるのか、それはドラマでしかないのか、とても興味があります。
いつかタクシーに乗ったら「あの車を追ってください!」とか言ってみたいですね。