49、はい、彼女です!!
説得なんかするより、先輩が来るまでとにかく話を長引かせた方がいいかも、と思った。
それであたしは、にっこり笑って緑川 父に近寄った。
実は、ひとつ思い出したことがあるのだった。
「始めまして、かなをと申します。
スグルさんの高校の時の2年後輩です」
あたしが挨拶すると、緑川 父は意地悪く口の端で笑った。
「さっき『鬼は外』をやった娘さんか。
なるほど、みんなで共謀しているわけだな」
「お話がしたかっただけですよ」
あたしは声を落とし、相手の耳元に近寄った。
「オジサマ、音大祭に来てらっしゃったですよね?」
一瞬、不自然な間があった。
相手は息を飲み、慌ててすぐに吐き出した。
「何のことかわからんね」
「あたしもたった今まで忘れてたんですけど、さっきバッグの中身を撒いちゃったもんで見つかったんです、これ」
あたしは白黒印刷のパンフレットを取り出した。
さっき2階から荷物をぶちまけたあと。
1階に駆け下りたあたしに、客席の親切な人たちが、拾い集めた荷物を渡してくれた。
お金だけは、千円札が何枚か回収できなかったけど、ほとんどの物が戻ってきたのは感動的だった。
問題のパンフレットは、今年の音大祭の案内のために刷られたものだった。
でも、表紙の写真は昨年の音大祭のものを使っていた。
オープニングセレモニーの様子だ。
マントヴァ公爵の衣装を着けた緑川先輩が、表紙の右端に写っている。
そのすぐ後ろに、それを見ている人垣。
その人の群れの中に、大き目のバッグを持ったおじさんがはっきりと写っていた。
「実は今年の音大祭の写メも、携帯にあるんですけど。
一緒に行った友達が、『3人魔王』のジャケットの写真と同じ人が写ってるって言ってたんです。
今、ジャケットは手元にないんですけど、携帯の写真はここに」
写メを開いて見せると、あたしと室井ちゃんのツーショットの横に、バッグを下げて歩く緑川 父が写りこんでいた。
顔は相当小さくてわかりにくかったが、多分間違いないだろう。
「ねえオジサマ、偶然来たと言う事にして、スグルさんにもそういいますから、顔だけは合わせて帰って上げて下さい。
平気な顔して挨拶してお帰りになる方が、絶対かっこいいと思います。
もう他人になられたと思ってらっしゃるなら、尚更挨拶もしないのはおかしくありませんか?」
相手は実に怖い顔であたしをにらんだ。
「あんた、スグルの彼女か?」
低い声で聞かれた。
おおッ、新鮮な呼ばれ方!
そっか、あたしって今、先輩の彼女なんだよね!
つい大喜びでハイと答えてしまった。
「ふん、女に手が早いのは相変わらずか。
おまけにまたこんなに図々しいタイプを!」
「あたしのことお嫌いなんですか」
「息子は趣味が悪いと思うね」
「結婚したいって言ったら、祝福してくださいませんか」
「できんね」
吐き捨てられた暴言に、戸隠先生が血相変えて詰め寄ろうとした時。
楽屋からの通路を抜けて、緑川先輩が走って現れた。
「父さん‥‥」
この人の肺活量でこんなに息切れしてるってことは、狭い通路にもかかわらず、全力疾走して来たのだろう。
先輩はあたしと緑川 父とのあいだに割り込んだ。
「ファン、お父さんはあたしがお気に召さないみたい」
わざといの一番にそう伝えた。先輩の顔が曇る。
「気に入らない?
父さん、僕は嫁さんにする勢いなんだけどな」
「反対されてるかも」
あたし、もう一押しした。
「ファン、すごいことよね。
結婚に反対なんですって。
それって他人じゃなくてお父さんよね」
あたしは澄ましてそう言ってやった。




