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44、素敵なものはパクっていい

 セックスを「愛の行為」と呼ぶ。

 でも愛そのものじゃない。

 だから、いいセックスが愛情深いセックスとは限らない。

 ‥‥限らないけど。


 思いやりのある行為は、いいセックスだと思う。

 それは、愛情と正比例すると思う。


 ものすごく不遜な言い方になるのを許して欲しい。

 決して上手な行為じゃなかった。

 スマートなやり方でもなかった。

 だけど、あたしは自分でも恥ずかしいくらい、感じてしまった。

 これを単に、体の相性がいいせいにはしたくない。


 先輩が「ファン」だった、1ヶ月の間。

 彼は単なる「スポンジ」になりたがっていた。

 あたしの思いを吸収する「スポンジ」。

 あたしの怒りや恐れや悲しみを、吸い取ることだけを願っていた。


 今、あたしの中には、人に言えない甘やかな欲望がある。

 彼に抱かれたい、感じたいという衝動がある。

 それを彼は丁寧に吸い取ってくれている。

 でも、今の彼は単なるスポンジじゃない。


 あたしの欲求が流れ込む先に、彼自身の欲求が待っている。

 それがあたし目掛けてあふれ出してくるのが嬉しい。

 胸いっぱい、口いっぱい、体いっぱい吸い込む。

 それがまたあたしの体で新しい欲望を作り出していく。


 セックスって、こうやってするものだったんだね。








 家の玄関を開けた途端、すぐに飛び出して来たのは母だった。

 「‥‥あやなの?」

 両眼を見開いた母の顔を見て、老けたな、と思った。

 お兄ちゃんの脅威は、家中をツタみたいに覆って締めつけてるんだ。


 母とは逆に、あたしの方は生き生きとしたいい顔になったのが、自分でも判る。

 コラーゲンよりロイヤルゼリーよりヒアルロン酸よりも、もっとお肌に良いもの。

 あたしはそれを手に入れたんだ。

 違う! ‥‥えっちのことじゃないよ。

 それは、言葉だ。


 「お兄ちゃんは?」

 あたしが聞くと、母が首を振る。

 「夕べあなたのトコへ行かなかった?」

 「来た来た。酔ってたでしょ。

  あのまま帰ってないってこと?危ないなァ」

 

 あたしはその場でお兄ちゃんに電話をかけた。

 通じないのでメールを打っていると、母が低い声で聞いた。

 「お兄ちゃんが心配なの?

  あやは、お兄ちゃんを憎んでないの?」

 あたしは顔を上げた。


 「今は憎くないよ。

  自分が幸せだと、人を憎むのが難しくなるね」

 「幸せ」

 「うん。 魔法にかかったみたいに幸せ」

 「魔法?」

 「母さんも、あたしと同じことやったら、幸せになれるよ」

 「同じこと?」

 ヤマビコ状態になっちゃった母に、あたしはひとつの提案をした。


 「だまされたと思って、やってみてよ。

  あたしと同じことを、一日たった3回」

 「何かのおまじないなの?」

 そんなんじゃない、と言いかけて、あたしは思い直し、

 「そう。 単なるおまじないの呪文よ。

  絶対に効き目があるから、やってみて!」

 あたしはメモ帳を出して、一枚破ると短い言葉を書き込んだ。



 “左から2回読んだら、右から2回読みなさい。↓

  テイニバ ソラカ ダキスイダ”


 

 「このおまじないは、使うときにしか開いてはダメよ。

  相手の右手を軽く握って、きちんと向き合って呪文を読んでね。

  ちゃんとメモの通り読むのよ。

  そしたら母さんもその人も幸せになれるの、ほんとよ。

  ね? やるって約束して」


 母は仕方なくうなずいた。

 かなり気味悪そうな表情だった。

 うちの娘は、一ヶ月でどこかのインチキ宗教に洗脳されたのか、とその目が言ってた。


 それでもとにかく、あたしがご機嫌で部屋に戻ったので、母も安心した様子だった。



 夜になってお兄ちゃんは、ふらりと戻って来た。

 どこにいたものだか、やっぱりお酒を仕込んで赤い顔だ。

 あたしは誰より早く、玄関に走り出てお迎えをやった。


 「お帰りお兄ちゃん。

  アナタご飯が先ですか? それともお風呂になさいます?

  ‥‥なんちゃって」

 面白くもなんともないジョークを言って、ひとりで頭を掻いた。


 お兄ちゃんにこの手のジョークが通じないのは昔っからだ。

 でも以前は、あたしは毎日冗談ばかり言っていた。

 小学校に入学したての頃だ。

 ムッツリしたお兄ちゃんを笑わせようとして、あたしは家ではかなりオモロイ奴をやっていた。

 あの頃はそれが楽しかった。


 お兄ちゃんだけが変わったんじゃない。

 お兄ちゃんが先に変わったわけでもない。


 つまり、あたしのジョークは13年ぶりくらいだったわけで。

 お兄ちゃんは目を白黒させて、しばらく呆然としてから、

 「‥‥メシ」

 と言った。



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