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42、月は欠けても丸いから

 大学病院前のバス停に立って、空を見上げた。

 白んだ空に、雲と同じに白い色のペーパームーン。

 こんな早朝に月を見たのは、何年ぶりだろう。


 「あしたはもう、満月じゃないもん!」


 不意に頭の中にこだました声に、ハッとした。

 あたしの声だ。 ただし、うんとちっちゃい頃の。

 そうだ、そんなことを言って泣いたっけ。

 とっても懐かしい、大事な思い出だったはずなのに、何故だか今まで記憶のヒダに埋もれていた。


 

 「今夜出る月は、中秋の名月と言うの。

  一年で一番きれいな満月です」

 保育園の先生がそう言って、お月見の話をしてくれた。

 その晩のことを、やっとはっきり思い出した。


 あの晩、ご飯を食べてすぐ、あたしは眠ってしまった。

 起こされてお風呂に入ったのは、夜が更けてからだった。

 お風呂の中でお月見のことを思い出し、月を見たいと駄々をこねた。

 お兄ちゃんはあたしをおぶって外に出てくれた。

 でも、その晩は曇っていて、月は見えなかったんだ。


 厚い雲が垂れ込めた空を、絶望的に仰いで泣いた。

 「見えないもんはしょうがないだろ。

  明日見ればいいじゃんか」

 お兄ちゃんはそう言って、回れ右をして帰ろうとした。

 

 あたしは抵抗した。

 「明日はもう満月じゃないもん。

  明日になったら、もう丸くないんだよ」

 「ばかたれ!」

 お兄ちゃんが一喝した。


 「お前は何にも知らないな!

  月はいつも丸いんだ。

  明日もあさってもうずーーーっと、丸いんだよ!」


 それからひと月の間。

 お兄ちゃんは毎晩、お風呂の前にあたしを月見に連れてってくれた。

 月は日に日に大きく欠け、終いには糸のように細くなって消えてしまった。

 そうしてすぐに戻って来た。


 その頃になると、幼いあたしには月見なんてもうどうでもよくなってしまっていた。

 単にお兄ちゃんに付き合わされて、迷惑だ‥‥と。

 その実、毎晩暗くなった道を歩くのは楽しかった。

 つないだ手に汗をかき、半分眠りながら。


 お兄ちゃんは道々、月について説明してくれた。

 多分、月がもともと球形をしていると言った話から、じっくりやってくれたんだろう。

 だから、欠けて見えても少しも慌てることはないんだと言い聞かせたのだろう。

 でもそれは、あたしには少しならず難しすぎる話だった。

 あたしに理解できたのは、その気になればいつでも、お月見はできるということ。

 中秋の名月なんて、日本人が勝手に決めた日でしかないってこと。


 

 今、青くなりつつある空に、白くまあるい月がある。

 目が痛くなりそうな高みに座って、月はあたしを見ている。

 単純なことだ。

 月は、朝も昼もこうやってそこに在るのだ。

 欠けないし、無くなりもしない。

 あたしたちに見えていてもいなくても、いつもそこに在り続けてる。


 携帯から、お兄ちゃんに電話した。

 何を話すつもりでもなかった。

 ただ、あんなに酔ったまま夜中に追い返されて、ちゃんと家にたどり着けたのかが心配になったのだ。


 心配?

 それは不思議な感情だ。

 お兄ちゃんを心配するなんて、もう10年近くもなかったことだ。

 よく考えたら、あの人こそが一番心配な状態だったのに、おかしな話だ。

 もしかしたら、頭がどうかしてたのはあたしの方なのかもしれない。

 家族なのに、家族の心を失っていたのはあたしなんじゃないだろうか。


 お兄ちゃんの携帯は、電源が切れてて繋がらなかった。

 

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