41、ペーパームーン
それから先生は、机の引き出しから白い角封筒を出して、あたしに手渡した。
「彼からのメッセージだ。
3日前、君が寝込んでいるときに書いたらしい。
バイト生を通じて預かって、ここに入れっぱなしだったから、わざわざ来てもらう羽目になった。
これを渡したら、オレの仕事は終了だ。
あとは自分たちでやってけるだろう」
封筒の中身は、便箋とコンクールのチケット。
開催日は、12月25日!?
「25日って明日じゃないですか!」
「そうだよ。 だから最初から、アパートも25日までって決まってたろう?
最悪なら棄権するつもりでいたが、ギリギリ間に合うから出場することにしたらしい」
「でも‥‥絶対、練習不足ですよね」
「だろうな」
さあどうする、とばかりにあたしを見る朝香先生の目が、明らかに面白がってる。
コンディションが悪い時のステージは、怖い。
その怖さは、ソロをやった事のある人間にしかわからない。
裸で人前に引きずり出される感覚になる。
さすがの先輩も、きっと不安だろう。
「彼、今どこにいるんですか?」
あたしが聞くと、先生はますます楽しげな表情になった。
「君は今から何をするつもりだったのかな。
それを考えたらわかるだろう。
君らはツインで被検体をやったようなものなんだから」
「あたしは、これから‥‥?」
大学の講義が10時からある。
でもその前に、アパートに戻らなきゃいけない。
1ヵ月泊り込んでいたら、荷物も結構な量になっている。
アパートの部屋を片付けて掃除したら、1~2時間というわけには行かないだろう。
「あ。 そうか‥‥」
明日中に引き払う部屋だ。
その明日が、コンクールで塞がってる。
今日中に片付けて荷物を自宅に持ち帰って、明日の朝の支度をしなければいけない。
それは緑川先輩も同じだろう。
つまり、今なら彼はアパートにいるはずだ!
「病院前からバスが出てるぞ。
もう始発が来るはずだ」
朝香先生が書類を片付けながら言った。
もうすっかりお役御免とばかりに手を振っている。
「送ってくださらないんですか?」
「甘えるな。
こっちはろくに眠ってもないのに、8時半からハードにオシゴトなんだ。
それに、手紙を読んでいろいろ考える時間も、君には必要だろう?
学生どもは退出させて置いたから、天下一品のラブシーンをやって来い」
「べ、別にラブシーンをやりに行くわけじゃ‥‥」
へどもどしているあたしを無視して、先生は立ち上がった。
大きく伸びをして、あくびをひとつ。
「こっちはもうフラフラだ。
見ろ、満月まで寝惚けてやがる」
窓の外に、朝日に負けて白く脱色した月が出ていた。




