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40、だまし絵

 それはまるでだまし絵のようだった。

 同じ絵の中に、不意にふたつ目の図柄が浮き上がる。

 

 あたしは頭の中で、1ヵ月間の記憶を追いかけた。

 記憶の中のファンはすべて、緑川先輩の顔をしていた。


 キッチンチェアに斜め掛けして笑う顔とか。

 本を読む時の、伏せた睫毛とか。

 きれいな筋肉が付いた二の腕とか。

 そして、少しお腹に響く、凛としたバリトン。

 どうしてそれが、先輩のものだと気付かなかったんだろう。

 

 朝香先生が、寝不足の目を朝日にしばたたいて言った。

 「最初の日、オレは君に暗示をかけたんだ。

  緑川くんの顔を見ても、彼だと気付かないようにね。

  でないと、君はいつまでたっても、彼の前で仮面を外せない。

  一方、彼の方にはふたつのことを約束させた。

  ひとつは、君に対して地のままで接すること。

  もうひとつは、決して正体を明かさないこと」


 あたしはあっけに取られて、ろくすっぽ返事も出来なかった。


 

 からくり自体は、いたって簡単。

 「チーム役立たず」は、実験用の部屋を2つ借りたのだ。

 同じアパートの、隣合った部屋を。

 ひとつをあたしが使い、そこにカメラをセットする。

 隣の部屋で緑川先輩が寝起きして、パソコンでモニター画面を受信する。

 研究室ではあたしの様子をビデオ録画しながら、両者に電話で指示を送る。


 あたしは大学とアパートを不定期に行き来する。

 そのあたしと、入口でハチあわさないように、先輩は部屋から一歩も出なかった。

 食料や必需品の買い物は、例のバイトくんたちがしていたらしい。

 室内の誤魔化し工作は全員でやっていた。


 「彼はよく頑張ったんだ。

  君のベッドで毎晩、ほとんど明け方まで起きていた。

  朝、君が大学へ行った後で、自分の部屋へ戻る。

  それからパソコンで報告書を書いて貰った」


 「彼も報告書を?」

 「そう、君みたいにここにノートを運んで貰うわけに行かないから、直接メール送信してたんだ。

  それが終るとボイストレーニングをしてから、夕方まで仮眠。

  体がなまると言って筋トレもやってたみたいだ」

 「ずっと、となりで‥‥」

 「彼に君を見張らせるのが、治療の方針だったからね。

  その甲斐あって、ある日劇的に声が復活した。

  報告書によると、君が酒を飲んだ日の次の朝だ。

  酒盛りをした夜、君たちはモニターをシャットアウトした。

  あの雑音の中で、君は彼に事情を告白したんだね?」

 「はい」


 「その次の朝、彼が書いた報告書は素晴らしかったよ。

  オレ決めたもん。

  もし将来、女の子にラブレターを出すことがあったら、このページからパクってやろうって。

  オスカー・ワイルドなんかメじゃないぜ。

  もしも彼の承諾が得られたら、ぜひ出版をお勧めするね」


 朝香先生の言い方は、冗談なのか本気なのかわからない。

 ただ、その笑顔を見て、今さらのように驚いた。

 この先生、こんなにきれいな顔立ちの人だったんだ。

 これもちょっとしただまし絵みたいな印象だった。

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