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34、要らない子

 室井ちゃんを夕食に誘うと、喜んで出て来てくれた。

 パスタバイキングが評判のイタメシ屋だ。

 

 「あーやはずーっと外食なんだから。

  草、食べなさい。 もっとクサ!!」

 室井ちゃん、あたしの皿に強引にサラダを盛り込む。

 

 あれ以来、室井ちゃんとは以前より親しくなれた。

 雑談の合い間に、深刻な話もするようになった。

 女友達でこういう話が出来る子って、あたしには初めてだった。

 小学校の時から、あたしは友達の前では仮面舞踏会だったからだ。



 「なんで、あの言葉があんなにショックだったんだろうねえ」

 あたし、山盛りのサラダにドレッシングをドバドバかけた。

 「自分でもよくわかんないのよ。

  お兄ちゃんと母さんの関係の話なんだよ。

  あたしのことは言ってないのに、なんでかな」


 「いや、言ってるかもよ」

 室井ちゃんがフォークをツンと立てて反論。

 「それまでの話は、あーやの母ちゃんと、父ちゃんと、赤ちゃんつまり兄ちゃんの話だった。

  でも、この台詞では、兄ちゃんは赤ちゃんじゃなくて、5歳の幼児だろ?

  兄ちゃんが5歳のときって、あーやが生まれた年だろ」

 「うん。 室井ちゃんとこと同じ年の差よ」


 「つまりさ、子供がふたりに増えたんだ。

  それまでひとりでも手一杯だったのに、ふたりになったらお手上げだ。

  でも父ちゃんにはもう期待は持てない」

 「そうよ。 それで母さんはお兄ちゃんに頼ったの」

 「てことは、この時点であーやは、話に登場してるって事になる」

 「‥‥うん」


 そのことは、わかる。

 でもそれがなんで、こんなに痛いの?

 どこの家庭でもあることだ。

 “お兄ちゃんでしょ、妹の世話をしてあげなさい”

 “大きいんだから、お手伝いしてちょうだいね”

 その言葉に、我が家の母親はちょっとプラスアルファしただけじゃないのか。

 “あなたは男の子なんだから。

  女の子を守ってあげられるようになりなさい”


 「その女の子って、母ちゃんのこと?

  それともあーやのことかな」

 室井ちゃんに聞かれた時、また胸が痛み始めた。

 

 「言葉としては、あたしのことを守る、よね。

  “お兄ちゃんでしょ”なんだもの。

  でも、そのセラピストさんの論旨からいくと、守られたかったのは、母さんだったことになるよね」

 

 あたしは覚えてる。

 剣道を始めたばかりのお兄ちゃんが、初めて袴を穿いた時だ。

 母は猛烈に喜んで、何枚も写真を撮った。

 そしてこう言ったのだ。

 「中学校の時、母さんの憧れの先輩が、剣道部だったの。

  袴姿がかっこよくて、よく見学に行ったわ!」



 普通、男が女を守ると言ったら、妻や恋人のことだ。

 母親や妹を守るというのは、父親の居ない場合だろう。

 父親が居るのに、母や妹を守れと言う。

 それは、「異性だから」守るのだ。

 母の思いは、お兄ちゃんの性意識を歪める力があったんだろうか。


 あたしや母さんを、「異性として」守った。

 それは「ありえないナイト」を指示するものだ。

 だから、成人したお兄ちゃんは、自分の愛情の道筋を失った。

 「男」として誰を守ったらいいのか、判らなくなったんだ。

 就職のことがあったもなくても、いずれはつまづく運命だった。


 「あたしは?」

 口から勝手に言葉がこぼれた。

 自分の意思とは関係なくだ。

 全身がかすかに震え出した。

 「ねえ、あたしは何だったのかな!」 



 「あーや、だいじょぶ?

  真っ青じゃん、気持ち悪くなっちゃった?」

 “クサ”の食べすぎかと思ったらしく、室井ちゃんが慌ててる。

 

 「いいから一緒に考えてよ。

  大事なことだと思うの、絶対に。

  あたし、それが一番ショックだったような気がするの」

 あたしの真剣さに圧倒された室井ちゃん、黙ってうなずいた。

 そしてあたしのコップに、冷たい水をいっぱい足してくれた。


 「お兄ちゃんへの騎士教育は、ありえないものだったのよね。

  そのせいで、お兄ちゃんは宙ぶらりんになっちゃったのよね。

  それは、あたしの出産と同時に始まったミスよね。

  ‥‥だったら、あたしは?

  あたしの立場は、生まれながらにありえないものだったの?」


 吐き気が襲って来た。

 でもあたしは、考え続けた。

 ここでやめたら、一生うやむやに終ってしまう気がした。



 あたしは、母さんにとって何だったの?

 お兄ちゃんを、王子様に仕立てるためのエサ?

 教育実習のお人形?

 お兄ちゃんが折れてしまったら、存在価値はないの?

 あたしなんて、この世になくてもよかった道具?

 不良品の教材なの?


 そうなのかもしれない。

 きっとそうだったんだ。

 お兄ちゃんが折れちゃった今、あたしは役立たずの教材と判明した代物なんだ。

 両親が冷たいのは、当たり前だ。

 あたし、要らない子になったんだ。




 それから2時間後。

 あたしは高熱を出した。

 胃炎も併発していた。

 薬を飲むのはやめよう、と相沢先生が言った。

 

 「大丈夫です。 薬下さい」

 あたしは必死で頼んだ。

 こんな夜にファンに会えないなんて辛すぎる。

 こんな時こそ、そばに居て欲しい人なのに。

 何度頼んでも、薬は貰えなかった。


 だったら、家で寝てろといわれるかと思ったが、そうじゃなかった。

 研究室の隅っこのベッドに寝かされたのだ。

 夜の間も、なんのかんのと人がうろうろする場所だった。


 落ち着かないのでアパートで寝たいと言ったら、叱られた。

 「その熱で何かあったら、こっちが困るんだ。

  人がいるところで寝ててくれ」

 要するに、実験の副作用だった場合を恐れてるのかな。

 いい迷惑だ。

 

 でも、人が動き回る音を聞いていると暖かかった。

 ウトウト寝ながら、時々泣いた。

 あたしには、帰る場所がもうない。

 この実験が終ったら、どこに帰ったらいいんだろう。


 不意にファンの声が思い出された。

 「むかーしむかし、あるところに‥‥」

 耳元でふざけて囁いた、あの声。


 会いたい。

 ファンに会いたいよ。

 強烈な欲求が襲って来た。


 もう判ってしまった。

 あたしはファンが好きになったんだ。

 緑川先輩よりも。

 家族より誰よりも。


 だったら、考えなきゃ。

 家族との過去よりも、もっと大事なことがある。

 この実験が済んだ後、あたしはどう付き合えばいいんだろう。

 緑川先輩とは?

 家族とは?

 そして、ファンとは?

 

 熱で朦朧とした頭で、考え続けた。


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