32、ハレルヤ!
次の日は日曜日だった。
あたしはドラッグストアーで、妊娠検査セットを買った。
それだけをもってレジに行くのは恥ずかしい。
何か一緒に籠にいれようと思って、思わず選んだのは生理ナプキンだった。
もしも始まったら、あの部屋に生理用品は置いてないな、と思ったからだけど。
でも、考えたら、矛盾した買い物だった。
検査セットとナプキン。
お金を払う時までその事に気付かなかった。
レジを打ってくれたのは、若い白衣の女性だった。
その姿を見て、ふと室井ちゃんのお姉さんを思い出した。
それから室井ちゃん自身の事を考えた。
彼女は、緑川先輩がお気に入りだった。
その先輩に「避妊しろ」と詰め寄ったと言った。
ものすごく勇気が要ったんじゃないだろうか。
あたしだったら言えるだろうか。
友達のカレシに「ちゃんとアレつけてあげて」って。
とても出来そうにない。
余計なことをされたと、最初は感じた。
でもとんでもないことだ。
ありがたい友達だ。
それほどの怒りと、危機感をあたしのために持ってくれた。
家族には恵まれなかったけど、あたし、友達は大ヒットだぞ!
帰る道すがら、室井ちゃんに「ごめんねメール」を打った。
こんど一緒に飲もうね。
その時にゆっくり聞いてね。
嬉しいコトがもうひとつ。
検査の結果が、陰性だったのだ。
ファンはその晩、喜んで部屋中を走り回った。
あたしはベッドを叩きながら、大声でハレルヤを歌った。
よかった!
よかった!
息を弾ませてベッドに転げ込んで来たファンと、抱き合って笑った。
ファンの胸に耳を押し当てて、呼吸の音を聞いた。
「きみはそうするのが好きだな。
どうなんだ、賛美歌でも聞こえる?」
ファンが笑うと、耳にドクドク声が響いて心地いい。
「ここから声を聞くのが好きなの。
もっと何かしゃべってくれる?」
ファンはちょっと考えてから、話し始めた。
「むかーしむかし、あるところに‥‥」
いきなり昔話か。 あたし、思いっきり吹き出す。
「おじいさんと、おばあさんと‥‥」
「あはは、なんで桃太郎系なの?」
「おとうさんと、おかあさんと‥‥」
「えっ」
「おにいさんとおねえさんと、おとうとといもうとと、おじさんとおばさんと、いとことはとこと」
「おい」
「ペットのコロとポチと、同じくペットのミケとタマと、近所の田中さんと山田さんと、渡辺さんと黒木さんと、上司の太田部長と渡辺課長と、橋本係長と新入社員の木下君と、窓際の小田さんと社長秘書の森川さんと、用務員の野口さんとガードマンの天野さんが、ある日川上からドンブラコッコ、スッコッコと流れてきたので‥‥」
「多い多い! なにそれ集団漂流!?」
「川が詰まってしまいました」
二人でゲラゲラ笑っているうちに、ちょっと変な気持ちになって来た。
子宮がズシンと重くなる、あの懐かしい感覚。
えっちな気分。
あってはいけない気持ちだ。
あたしって意外と、浮気者だったかも。
生まれて初めて、あたしはその気持ちを楽しんだ。
ファンが不意にヘンな気を起こして、あたしに覆いかぶさって来ることを想像した。
目を閉じてキスする瞬間を頭に描いた。
さんざんイケナイ想像にふけっておいて、心の中で緑川先輩に謝った。
あたしの体は、ものすごく正直だった。
次の日から、止まっていた生理を再開したのだ。
ナプキンがちゃんと、役に立った。




