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28、怒声セラピー



 愛の喜びは

 知性の喜びと同じに

 愛が息づいているのを感じることだ。


 愛の目的は

 愛することだ。


 それ以上でもなければ

 それ以下でもない。




 「イイ言葉」

 あたしはファンの脇の下に、半分埋まりながら呟いた。

 今日もあの人が好きでいられて嬉しい、という。

 そこまでが、それだけが、愛だと彼は言ってるのだ。


 「ねえ、それ以上って何かな」

 眠い目をこすりながら、ファンに質問した。

 「うーん。 独占欲とかかな」

 「見返りを要求するのも?」

 「そんなとこだろう」


 「変なの」

 あたし、意地悪く笑った。

 「だってさ、ワイルドは思いっきり要求してるよ。

  この本の最初から、構ってくれないのを責めまくってるじゃん。

  手紙寄越せとか、ねえ?」


 「だから、そういうのが理想と現実のギャップなんじゃないか。

  まず掲げた絵がないと、そこに近づけない。

  これがベストだよと公言しておいて、そこになかなか近づけなくてさ。

  そうして人は足掻いて足掻いて、深まって行くんだ」



 「深まる人ばかりじゃないじゃない」

 あたしは更に意地悪く言った。

 「どんどんダメになってく人だって、いるじゃん!」

 「そんなことはない。 一時的な下降はあっても」

 「あるもん!」


 ファンは本をシーツの上に降ろした。

 それから、あたしをゆっくり抱き寄せた。

 「深まるんだよ。 みんな。

  結果が出ないうちに、一生が終る人はいるかもしれない。

  向上するのを待てずに、半ばで死ぬ人はいるかもしれない。

  でも、深まらない人はいない」


 「いるわ。

  ファンの言ってることは奇麗事よ。

  どうにも救いようがない人だっているの!」

 「お兄さんのこと?

  それとも君自身のことかな」

 ズンと重い声で言われて、凍りついた。


 「‥‥何で知ってるの!?」

 「好きな人のことだからな」

 「ウソばっかり」

 そんなはずはないと思った。

 あたしのことをホントに知ってたら、あたしを好きになるはずはない。

 あたしも、お兄ちゃんも、うちの家族はもう何が深まったってボロクズなんだ。

 

 「さあ、ホントのこと言って。

  好きなのがウソなの?

  それとも、知ってるのがウソなの?」


 「おい!」

 突然、ファンは怖い声を出した。

 あたしをにらんで体を起こす。

 「きみは、きみの人生がもう修正不能だって言いたいのか」

 ドスの利いた、恐ろしい口調だった。

 迫力に押されて、返事が出来なかった。


 ファンはあたしにぐっと顔を近づけて、さらに怖い顔をした。

 「答えろよ。

  きみの人生は、もうダメか?

  たかだか20年ぽっち生きただけで?

  50前で死んだとしても、まだ半分だぞ。

  老人になるまで生きる気があるなら、今なんかほんの序の口なんだ。

  家族なんて、一緒に暮らさなくなってからの人生の方が長いかもしれないんだぞ!」


 「ファン、怖い‥‥」

 「考えてみろ。

  これまでの生活で、楽しいことがひとつもなかったなんて言わせないぞ。

  その楽しいことを、ひとつひとつこれからも楽しんだらいいだけだろう。

  味わって生きればいいだけだろう。

  そうやって生きろよ。

  そしたら、誰が見たって、きみは魅力的な女の子だ。

  誰でも簡単に君の事を好きになると思うよ!

  僕じゃなくたって!

  僕みたいな、バカな男じゃなくたってね!!」


 怒鳴りつけるような、強い言葉。

 あたしは思わず息を飲み、その息を吐き出した時。

 口から、大きな泣き声が出た。


 まるで子供みたいに、大声で泣き出してしまった。




ファンの目に、明らかな後悔の色が浮かんだ。

 それを見た途端、気付いた。

 あたしはわがままを言いたかっただけだ。

 この優しい人を、困らせてみたかっただけだ。


 そして。

 思い切り泣いてみたかっただけだ。



 「ごめん、怒鳴って」

 ファンはあたしの背中に手を回し、本格的に抱き寄せた。

 あっけなく膝の上に引き上げられ、頭を撫でられた。

 「子供みたいにしないで」

 その手を頭から叩き落とす。

 感情をぶつけるたびに、震えが来るほどの快感に襲われた。


 何度叩き落としても、ファンは頭を撫でるのをやめなかった。

 「悪かった。

  僕はセラピスト向きの人間じゃないな」

 「そうよ、ファンは意地悪よ。

  あなたなんかのどこが、あたしの理想なのよ。

  こんな意地の悪い人、嫌いよ」

 「ごめん」


 ファンはポケットからタオル地のハンカチを出して、あたしの涙を拭いてくれた。

 そのハンカチの匂いをかいだ時、何か懐かしいような気がした。


 「ごめん、だからね。

  僕も、僕の理想通りの人間じゃないわけだ。

  でも見てて、だんだん深まって、理想に近づくから」

 あたしは泣き顔を上げて、彼の瞳をまじまじと覗き込んだ。


 「本気で、深まると思ってるの?」

 「愛情は人を深めるよ。

  本気で思ってるよ。

  家族の愛情もそうだよ。

  親の育て方が、100点満点の家なんて、存在しないと思うんだ。

  どこも一長一短、理想を掲げて失敗してる。

  何十年もかかって、昨日失ったことをいつか取り戻せば、それでいいんじゃないか」


 泣きじゃくりながら、なんだか気持ちよくなって来た。

 薬が効いてるせいかもしれないけど。

 この涙も、ファンの膝の上も、不快じゃなかった。



 ウトウトしながら、思った。

 ファンはもしかしたら、本物のセラピストなのかもしれない。

 あたしを治療するのも、研究の一環かも知れない。

 





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