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27、人魚の息子

 大学の講義を受けてる間に、ひらめいた。

 休憩時間に、携帯で電話をかけてみた。

 中央大学医学部の受付にだ。


 日勤の事務員らしい人が出た。

 あたしは出来るだけおばさん臭く、よそ行きの口調で問い合わせをした。


 「少々伺います。

  夜間に医学部の研究室を利用されている、研究グループのメンバーの方をご存知ですか?」

 案の定、受付嬢はわからないようだった。

 「趣味のサークル」なのだから当然のことだ。

 電話は、医学部研究室に回された。


 「はいお電話代わりましたあ。

  サークルの責任者はボクですが」

 電話に出たのは、相沢教授。

 どうやら眠らず昼間の勤務に突入したようだ。

 

 あたしは精一杯つくり声を出し、いい加減な名前を名乗った。

 「夜間にトラブルがあって、大学の前でタクシー代をお借りしたんです。

  そちらの夜間研究のメンバーとおっしゃってました。

  お返しに参りたいのですが、うっかりお名前を聞き忘れたので‥‥」

 でっち上げた話も、適当なものだ。


 相沢教授は、周囲の人間に確認を取り、

 「夕べは10人近く出入りしてましたからねえ。

  今ここにいる人間は心当たりないみたいです。

  どんなオトコでしたかねえ」

 いつものヘロヘロした口調で、聞いて来た。


 「背が高くて男前の、若いお兄さんでしたよ」と、あたし。

 「うーん。 バイトの学生も4人ほど来てましたからねえ。

  あ、でもメンバーと言ったのなら、学生じゃないのかな。

  ええと、夕べは姫神教授の息子さん来てたな、彼かもしれない」

 相沢教授、考え考え言った。


 「その方は背が高いんですか」

 「190近いでしょう。

  好みにもよるが、まあ男前だと思いますよ」

 「学生さん?」

 「大学院生ですが、研究を手伝いに来てくれてます」




 話を聞いた室井ちゃん。

 「そいつは人魚の息子だね!」

 好奇心いっぱいの顔で断言した。

 「人魚の息子!?」


 「姫神教授が公言してんじゃん。

  佐多岬沖で拾った人魚がボクの奥さんだ!って。

  つまりその息子は、陸に上がった人魚の直系だ。

  そーりゃイイ男だろうさ」


 「待って、その話ってホントなの?」

 「なわきゃねーじゃん」

 室井ちゃん、賑やかに笑った。

 「でもさ、根も葉もないことって、冗談にもなりにくいもんでしょ。

  発想の元になった事実くらいあったかなって思うわけ。

  さしずめ、チョー美人の箱入り娘を、教授が発掘してさらって来た、くらいの話かなって」


 「‥‥美人の部分が事実って根拠は?」

 「ありまっせーん」


 能天気に言い放ってから、室井ちゃんは真顔になった。

 「でもちょっとびっくり。

  バイトの子って、あーや以外にも来てんだね。

  あーやの実験は、そんな人手が要るものとも思えないじゃん。

  その研究室で、他の実験もやってんのかな」

 「さあ? 見た感じじゃ、10人も人がいる気配もしなかったけどね」

 

 もともとあたしがやる予定だった実験を、平行してやってるのかも知れない。

 そう思ってその時は、気に止めずに終ってしまった。

 


 室井ちゃんはふうんと納得して見せた後。

 改めて、あたしの表情を探る目つきになった。


 「それにしても、あーや案外、浮気者だな。

  生身の男かどうかもハッキリしてないのに、ベッドに誘っちゃったのか」

 「だっ、だって!

  こっちはほとんど、夢の中状態なんだよ!」

 「ふんふん。 夢って本音が出るんだよなー。

  魔王はかわいそーだなー」

 食い下がられて、絶句する。



 確かにそうかもしれない。

 頭では緑川先輩を好きだと感じる。

 でもその実、いざとなると他の人を選んでしまうのではないだろうか。

 理屈よりも、他の条件に惹かれてしまう。

 例えば、声とか。

 フェロモンとか、キスの味とか。


 動物的な女なのかもしれない、あたし。



 「魔王って、この実験の話、知ってんの?」と、室井ちゃん。

 「メールで報告みたいなことはしてるのよ。

  でも向こうも今日あたりから、忙しいしこっちにいないし」

 「どこ行ってんだ?」

 「声楽の国際コンクールがあるって言ったでしょ。

  その準備で、ウィーンに行くんだって」

 「すげッ! そこからもメールありか」

 「まだきっと移動中だよ」


 正直、ホッとしていた。

 あたしにとって、今先輩と離れていられることは、気分の軽くなることだった。





 「あなたの名前を決めなきゃね」

 その晩、現れた幻クンにあたしは言った。

 「幻くんじゃあんまりだもん。

  えーと。 ゲンちゃんとか」

 「げ、ゲンちゃん‥‥」

 勘弁してくれって顔だな。


 「じゃあ、アイデアル(理想)のアイくん。

  ハルシオネーション(幻覚)のハルくん。

  ミラージュ(妄想)のミラくん。

  ファントム(幻)のファンくん」

 「はは、そのへんでもう手を打たないか?」


 そんなわけで、幻クンはファンと呼ばれることになったのだった。



 ファンは、あたしが淹れてあげたコーヒーをおいしそうに飲んだ。

 そのあとゆっくりベッドで横になる。

 あたしを腕の中に抱きこんでくれる。

 その晩も、すっかり導眠アイテムと化した「獄中記」を朗読した。

 深みがあってよく通る声を聞いていると、とろけそうな暖かさに全身が弛緩した。



 「獄中記」という本は、ワイルドが恋人に宛てて書いた手紙を手記として編集したモノだ。

 牢獄で書かれた愛の手紙。

 恋人は、クインズべり公爵家の3男、アルフレット・ダグラス。

 (‥‥男かよ!!)

 そういう趣味かと、最初は驚いた。

 当時の退廃文化の中にあっては、珍しくなかったらしい。


 「あ。 おまけに、ワイルドの方は結婚して子供もいるぞ」

 年表を見ながら、ファンが教えてくれた。

 「アルフレットの親に訴えられたんで、2年間投獄されたんだな。

  未成年を男色に落とした罪だそうだ。

  で、その2年の間に、ワイルドは破産して妻子にも逃げられてる」

 むちゃくちゃですが。


 何もかも失ったワイルドには、アルフレットへの愛情しか残っていなかった。

 でも、相手はそれほどワイルドにのめりこんだわけではなかったらしい。


 

 愛を語る甘い手紙、というイメージは全然なかった。

 まず手紙は、厳しく恋人を批判する。

 何故、獄中の自分に手紙をくれないのだ。

 きみは両親の言いなりか。

 あの甘い日々が流れ去った今、あまりに冷たい現実ではないか、と。


 奇麗事ではすまない、生々しい愛がそこにあった。

 それはドロドロになった汚物の中から取り出されて、並べられた言葉。

 だから、少し汚れてはいた。

 でももともと、汚物と馴染まない、固い金属で出来た言葉だった。


 

 「泣いてるの」

 ファンが本から目を上げた。

 「うん」

 あたしは図々しく、ファンのシャツで涙を拭いて、 

 「今のとこ、もう一度読んで」

 とお願いした。


 ファンはうなずいて、あたしの顔をわざわざシャツでクルンと拭いてくれた。

 それからおもむろに、本を構えなおした。

 

 「『愛の喜びは、知性の喜びと同じに、愛が息づいているのを感じることだ。

   愛の目的は、愛することだ。

   それ以上でもなければ、それ以下でもない』」




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