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22、自称・幻覚男

 目を覚ますと、ベッドサイドに見知らぬ青年がいた。

 

 「‥‥誰?」

 

 ハタチすぎに見えるが、もっとオトナかも。

 長身、大柄、ショートヘア。

 顔立ちはスッキリしていて、泥臭さがない。

 まずまずのイケメンだ。


 壁掛け時計は深夜の12時。

 暗い部屋に、スタンドの灯りひとつ。

 枕元にキッチンから運んで来た食卓用の椅子。

 青年はそれに横使いに座って、文庫本を読んでいた。



 「誰よッ?」

 慌てて跳ね起きると、体がホワホワ頼りない。

 青年が顔を上げて、あたしを見た。

 「うーん、誰だろう。

  ‥‥誰にする? 君が決めて」

 「なに‥‥それ、ふざけてるの?」


 とぼけた台詞のわりに、相手は真顔だ。

 「誰であって欲しい?」


 「わかった、『役立たず』の人ね?

  中央大学の先生? お医者様?」

 「医者?」

 「でしょ? 薬がきいたかどうか、見に来たの?」

 「そういうのがいいの?」

 「は?」


 なんだか話が噛み合わない。

 もしかして、出張ホストとかが、部屋を間違えたんじゃなかろうか。

 でもあたし、確か鍵を掛けといたはず。

 痴漢にも強盗にも見えないし。



 あたしは枕もとの電話を取り上げた。

 研究室と直通になってるはずだ。

 「はいどーした?」

 相沢教授が、とぼけた声で出た。

 

 「あのー、変な人いるんですけど。

  びっくりしました、誰ですかこの人」

 「どの人?」

 あたしはカメラの前に、青年を引っ張り出した。

 「この人!」


 「‥‥どの人!?」

 相沢教授が、真面目な声でいぶかった。

 「モニターには誰も映ってないがね」

 「ええ?]

 あたしは仰天して、青年を更に引っ張り、自分の前に引き出した。

 

 「ほら! この人ですって」

 「どれだよ!

  きみしか映ってないんだよ、誰かいるのか?

  もしかしてきみ、早くも幻覚を見てるんじゃないだろうな!?」

 

 幻覚!

 あたし、青年の姿を上から下まで見直した。

 こんなハッキリした幻覚なんてあるわけない。

 触った感触も、不自然じゃなかった。

 

 「まさか、ドッキリ‥‥」

 ひとつの可能性に思い当たった。

 この実験そのものが、“フェイク”だったって事はないだろうか。

 

 つまりこうだ。

 まず「新薬の実験をする」とウソをつく。

 幻覚が出るぞと先入観を与える。


 あたしと面識のない学生か、先生を雇って合鍵を与え、こっそり部屋に入らせる。

 そうして薬の副作用でおかしくなったと、あたしに思い込ませる。

 その結果、あたしがどういう行動を取るかが、本当の実験なのだ。


 「つまりあなたは、幻覚のフリをした人間ね」

 青年に向かって、言ってみた。

 「ほうら、正体ばれたわよ。

  あたしはだまされない。さあ、帰ってちょうだい」

 玄関をビシッと指差して言ったつもりだったのに。

 

 「危ない!」

 体がフワフワしているので、よろけて青年に支えられた。

 がっしりした、力強い腕だった。

 「横になってろよ、危ないなあ」


 思いの他、横柄な言い方をしてから、あっという間に抱え上げられた。

 悲鳴を上げる間もなく、ベッドに戻っていた。

 びっくりしたけど、不思議なくらい恐怖感はなかった。



 青年はさっきと同じに椅子に横掛けして、背もたれに顎を乗っけた。

 微かに笑って、あたしを見ている。

 この視線も、嫌なものじゃなかった。


 「何しに来たの?」

 とりあえず害意はなさそうだったから、質問を変えた。

 「君が望んだから来たんだ」

 「あたしが? そんなわけないでしょ。

  あたし、あなたのこと何も知らないのよ」


 「知りたければ話すけど?」

 「個人のプロフィールを聞いてるんじゃないわ。

  何故、どこでどうやって、何のためにここに来たのか聞いてるのよ」


 青年は少しの間、黙って言葉を捜していたが、 

 「僕はきみの、理想の恋人なんだ」

 自分で言っちゃったよ。


 「あきれた。 言ってて恥ずかしくない?」

 「事実だから仕方ないね。

  考えてみて。 きみは夢見てたんじゃないか?

  100%の包容力、裏切る危険のないオトコ。

  何を言っても怒らない、失望されない、嫌われない、人目を気にしなくていい都合のいい恋人」


 あたしは平気な顔を装った。

 本当は少し胸が疼いた。

 何を言っても失望されない、というところは思い当たることもあった。

 


 「それは、恋人じゃなくて奴隷でしょ?」

 「奴隷は主人に服従してるだけで、主人が好きとは限らないよ」

 「ってことは、あなたってあたしが好きなわけ?」

 「そりゃ当然だろ?

  そこをはずしたら、理想の恋になりっこない」


 あたしは相手の顔をもう一度見た。

 確かに、ルックスだけで言えば、あたしの好みから外れてはいないと思う。

 でも、およそ面識があるとは思えなかった。


 知り合いでもないのに好きだなんて、やっぱり夢の中なのかな。

 本当に、薬による幻覚かもしれないと思い始めた。

 だいたい、頭がボーっとして難しいことが考えられないのだ。


 もしも本当に幻覚なのなら、やってみたいことがあった。

 「ねえ。 なにしても失望しないってホント?」

 「ホントだよ」

 「じゃ、お願いしてもいい?」

 「なんだい?」

 

 あたしは小さく手招きをして、彼に顔を近づけさせた。

 ビデオに音声が入るのがイヤだったからだ。

 無声音で告げた。

 「キスして」

 

 「それが望み?」

 「てか、ちょっと実験」

 「いいよ」

 相手はあっけなくうなずいて、ほんの一瞬あたしの唇に、唇の先で触れた。


 「これでいい?」

 「‥‥う、うん」

 「あ。 不満そうだな」

 「そうじゃないのよ。

  他の人となら平気なんだなってわかって‥‥」

 「誰と平気じゃなかったの?」

 「緑川先輩」


 そうなんだ。

 あたしは先輩とのセカンドキスで、大失敗をやったのだ。

 ピアノコンクールの次の日の朝のことだった。 


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