20、誓い
近所の人、数人の手を借りた。
でかい男をふたりも家に運び込むのは大変だったのだ。
父は隣人たちに必死で愛想を振りまいていた。
そのくせ、あたしの顔は見ようともしない。
見れるはずないんだ。
あたしがあんな目に会ってた時は、黙って見物してたんだから。
母も腰を庇いながら、奥から這い出して来た。
この人も、ある程度気付いてるはずだ。
もともとお兄ちゃんとあたしのことは、れんさんが話している。
それでも二人きりで生活させていたんだから。
疑惑と失望の、寒々とした家の中。
居間のソファで眠り込んでしまった緑川先輩のそばに腰掛けた。
そこだけが、ほんのりと暖かい空間に思えた。
いつも見上げるだけの彼の顔を、初めて見下ろす。
目が覚めたら、何を言ってあげようか。
彼が一番喜ぶ言葉を、何でもいいから言ってあげたかった。
「彼女に謝れ」と言ってくれた。
「大事にする気がないなら、守るふりなんかするな」
そう言ってくれた。
あたしの代わりに怒ってくれた。
いつか壊れる恋でも、いいかもしれない。
いつか嫌われるその日まで、恋人でいられたらいいじゃないか。
だって、ここはこんなにあったかいもの。
あたしのために準備された空間が、この人の側にはあるもの。
ところが、一時間後。
目覚めた先輩の顔を見るや、あたしは思い切り文句を言ってしまった。
竹刀で打たれた肩と腕が真っ青に腫れていた。
見た途端に、なんだかいっぱいいいっぱいになってしまったのだ。
「もう! なんでこんなに無茶するんですか!!」
言いながら涙がこぼれかけた。
緑川先輩の方は、目覚めるといつものテンションに戻っていた。
アルコールが分解されて、酔いが醒めたのだ。
体を起こすのを手伝った母に丁寧にお礼を言った。
それに続けて、夜中に騒がせたお詫びまで言った。
母は恐ろしいくらい喜んだ。
もともと腰が痛いくせに、わざわざ手助けに起きて来たのは、先輩に興味津々だったからだ。
「強そうなカレシで安心したわ、あや。
この先結婚だなんて言っても大丈夫そうね。
お兄ちゃんに勝てる相手じゃないと、あやと結婚はムリだもんね」
ふうん。
息子を殴られて喜ぶ親も、この世にはいるわけね。
知ってるよ。
母はこういう、ヒーロー系の男の子が好きなんだ。
小学生のお兄ちゃんに剣道やらせたがったのも、母だ。
人気の野球やサッカーではなく、野蛮なイメージの空手や柔道でもなく。
男の子は強くなって、女の子を守らなきゃ。
礼儀正しくて、一本スジが通っていなきゃ。
それが母の、理想の男の子のイメージだったのだ。
お兄ちゃんにそうなって欲しいと思っていたのに、その夢は実現しなかった。
なんだか判った気がする。
あたしが緑川先輩に、これまで男性を感じなかった理由。
先輩は、母の中にあたしが見ていた、お兄ちゃんの理想の影。
あたしのエロスを、母が呪縛していた。
母も、ある意味ではあたしを縛っている。
父はとっくに幽霊だ。
お兄ちゃんはあたしを破壊する。
頬っぺたを涙が伝って来た。
この家を捨てよう。
この家は住めない家だ。
こんなの、家族なんかじゃない!




