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第三話

「ちょっと、趙。早く起きなさいよ」


 一年前。

 まだ空気も冷たい冬の早朝。ウェイジャオの寝床の傍らで声を荒げた。


「何だよ、魏…俺は眠いんだよ…」


 ダルそうに布団に包まったまま趙が答える。

 そんな趙を魏が揺さぶった。


「ほら、起きて修業しよ! 生気の時に胎息して、導引行気で丹を鍛えなきゃ」


 生気とは真夜中から正午までの時間を示す道術の言葉だ。

 胎息、導引行気とは気を得るための呼吸法とそれを全身に廻らせる型のことである。


「…めんどい」


 そっけない趙の言葉に魏がムっと怒ったような顔になる。


「どっちが先に金剛力と硬気功使えるようになるか勝負しようって言ったじゃない。

 負けたら土下座させるわよ」

「あー……土下座でも何でもするから、寝させてくれ……」


 そう言って趙が布団の中で土下座のポーズをしたまま眠り続ける。


「ちょ、ちょっとプライド捨ててまで睡眠欲取らないでよ! もう、このぉ!」

「うっせぇなぁ…」


 そう呟いて、趙が布団から手を出し魏の腕を掴む。

 そしてその身体を布団の中に引きずり込んだ。


「ひゃっ?!」

「いいじゃん。今日は修業サボって寝よーぜ」

「ね、寝るぅ!?」


 その言葉に魏がびっくりする。


「え、えっと……趙は私と一緒に寝たいの?」


 顔を真っ赤にしながら妙に小さい声でもごもごと魏が尋ねた。


「あー、寝たい寝たい(適当)」

「あぅ……そ、その……私、趙とだったら……その…………いいよ」

「ぐー……(無視)」

(ち、近い。うう、恥ずかしい。身体が熱くなっちゃって……ひゃう!?)

「あー、温ったけー(寝言)」


 興奮した魏の体温が温かいことを良いことに、抱き枕よろしく抱きしめた。


(わっ、わっ、わーっ!)


 心の中で思いっきり叫んでしまう。

 しかし魏は身じろぎひとつせず、抱かれたままの状態で固まった。

 そしてしばらくの時間が過ぎる。


(趙の匂い……)


 趙の胸にぎゅっと顔を埋めながら魏が思う。

 そして顔を上げ、完全に熟睡している趙を見つめた。


「も、もう早く起きなさいよ……こんな無防備に寝てたら、襲われちゃうわよ」


 そう呟いて魏が顔を寄せる。


「…………襲おっかな」


 ゆっくり唇と唇が近付いていく。


「……本当襲うよ……襲っちゃうぞ?」


 そして、その距離が零に――――


「おはよう、趙。朝ごはん出来たぞ」


 ――――なる前に、ハンが部屋に入ってきた。


「ひゃあああああっ!」


 思わず魏が素っ頓狂な声を上げる。

 そんな魏と趙が一緒に寝ているのを見て、韓が気まずそうな表情をした。


「あー……お邪魔だったかな?」

「ち、違うの韓くん! こ、これは……」

「おー、おはよう韓」

「趙がどうしても起きないから……って、ええ!?」


 あっさり目を覚ました趙を見て魏が驚いた声をあげる。


「な、なんで?」

「今日の朝飯はなんだー? いやぁ、韓の作る飯が美味いから、

 どんなに眠くても起きちまうぜ」


 そして、傍らでぽかんとしている魏を見て趙が不思議そうに尋ねる。


「ん、どした魏? なんでお前俺の布団でぼーっとしてるんだよ?

 そんなに眠いのか? まったくズボラだなぁ…………ん?」


 ふるふると身震いする魏に、趙は疑問符を浮かべる。


「魏?」

「馬鹿ぁ!」


 魏のリバーブローが炸裂した。


「おぅふっ?」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ァッ!」

「お、おい、なんかスタンドっぽいもの出てるぞ!?」


 魏にボコボコにされながらも趙がツッコミを入れる。


「趙のバーカバーカ、三年寝太郎! あと韓くんのモフモフ! 今度ご飯食べさせて!」


 そう捨て台詞を吐いて魏が出て言った。


「いてて……まったく、なんだってんだ、なぁ韓?」

「……(こいつ、無自覚にドSだな)」


 まだ寝ぼけ眼の趙を見ながら韓がそう思った。




       ◇◆◇◆




 現在。温泉スパ付きモールにて。

 多数のゾンビが列をなして趙たちに向かってくる。


「あ、うー……うう…………」


 死人の行列を見て、魏が声を漏らす。

 その瞳に精気はなく額には符が貼ってある。

 ゾンビと化していた彼女は、現在ではキョンシーとなっていた。


「大丈夫だ、魏。お前は必ず俺が守る」


 純粋な見た目であれば魏以上に変貌した趙が答えた。

 その髪は全て真っ白になっている。

 両手には包帯が巻かれ、その上に多数の符が張り付けられてあった。


「大丈夫だって……趙。自分はお前の方が心配だ」


 韓が不安そうな黒い瞳を向ける。


「そんなことより韓。耳を塞いだ方がいい」


 趙がそう忠告すると、韓がぺたんと伏せて前足で耳を抑えた。


「硬気功……金剛力……」


 趙がそう唱えると同時に両手、

 ――いやおそらくは趙の全身に貼られているであろう符の呪言が薄ら青く光る。


「縮地!」


 その言葉と共に趙の姿が消えた。

 刹那に、衝撃音。

 死人たちのことごとくが消滅し、空中から雨のように彼らの肉片が降り注ぐ。


「趙!」


 韓が、趙の作りだした血霧の中へと駆ける。

 その先では死人たちの血に塗れた趙が壁にもたれかかっていた。

 痙攣でガクガクと震えている。


「うぇぇ……!」


 趙が大量の血を吐いた。

 吐き出した血はドス黒く、ねばついている。


「韓。 ……あ?」


 趙が相棒へ視界を向ける途中で何かに気付いた。

 そして自分の右目の前で手を左右に動かし何かを確認する。

 韓がそれを見て趙の身体に起こった異変を察した。


「今度は右目の視力を失ったか……」


 そう韓が悲痛な表情で言った。


「魏ならまだしも、修行不足で丹のないお前が無理やり符を用いて金剛力や硬気功を使った代償だ。趙、そろそろ本当に死ぬぞ」

「かまいやしねぇよ。死んだら死んだで、それは『アリ』だ」


 そう言って趙は、ぼけっと空を飛ぶ鳥を見ている魏に視線をやった。


「それに俺が今までキョンシーたちに強いていたことに比べれば、こんなもん……」

「とにかく少し休め」


 韓が気遣うように視線を送る。


「ここは温泉がある。魏とふたりでゆっくり湯治してくるといい。見張りは任せろ」

「悪い……」


 素直に趙が好意を受け取った。



       ◇◆◇◆



「温泉残ってて良かったな。風呂なんて何カ月ぶりだか」


 そう言って趙が魏の身体を洗う。

 新陳代謝をせず、汗をかかないとはいえ、やはりその身体は数カ月の放浪生活で埃まみれになり薄汚れていた。


「お前、風呂好きだったろ?」

「あ、う……あー……」

「髪は女の命だからな。綺麗にしてやんねーと」

「うー……う、うー……」


 丁寧に介護するかのように身体と髪を洗ってやる。

 しかし、その柔らかな四肢に触れても魏は無反応だった。


「えーっと、ここも洗った方がいいかなぁ」


 そう言ってむにゅっと魏の胸を揉んだ。

 しかし、やはり魏は何も反応しない。


「ちくしょ……なんか言えよ……」

「…………」


 魏が無言で趙の言葉の意味を考える。


「う、うう……あう……あー、あああー」


 そしてなんか言え、という命令にのみ反応し声を漏らした。


「違う……そうじゃないんだ…………」


 趙が俯く。

 ぽたぽたと何かが零れ落ちた。


「そうじゃ、ないんだ…………」



       ◇◆◇◆



「この臭いは?!」


 見張りをしていた韓が顔を上げる。

 予感。

 嫌な予感が彼の背骨を冷たい電流となって駆けた。

 そして、すぐさま趙と魏の元へ走った。




       ◇◆◇◆




 モールのブランドショップで趙が魏に色々と服を着せていた。


「お前、このブランド欲しいって前言ってたろ? 喜べ、店ごと買ってやったぜ」

「…………」


 しかし、やはり魏は何も反応しない。


「あ、そーだ。これ着ろ、これ着ろ」


 そう言って別の服を魏に着せてみる。

 それはバニーガールのコスチュームだった。


「ぷっ、はははっ! なに素直に着てるんだよバーカ。でも似合ってるじゃん」

「…………」


 趙が高らかに笑うが、やはり魏は反応しなかった。


『バ、バカ! なんて格好させるのよ。趙の変態! ドスケベ! ダメ人間!』

「…………くそ」


 以前の魏であれば言いそうな台詞を思い出し、趙が顔を渋らせる。

 そしてぶっきらぼうにこう命じた。


「……やらせろよ」


 その命令に魏が頷く。

 そして、ゆらりと趙に近付き、バニーの衣装を脱ごうとした。

 その手を趙が抑えて止める。


「違う……違うんだよ…………どうして何でも言うこと聞くんだよ……」


 握りしめた手の力が強くなる。


「魏静蕾は、そんなんじゃなかったろ……?」


 そう呟いて、物言わぬ死人を抱きしめた。


「素直じゃなくて、わけわかんなくて、暴力的で、アホみたいに行動的で、それでいてめちゃくちゃ面倒くさくて…………だけどよ、俺は俺はそんなお前が……」

「大変だ、趙!」


 韓が息を切らしながら店に入ってきた。


「どうした、韓!?」


 その様子の尋常でなさに、すぐさま趙も警戒態勢に入りながら聞き返す。


「多数のゾンビを引き連れる『生きた人間』の臭いだ! 来た、とうとう来た!」


 その言葉で趙は察した。

 何者が来たのかを。


「ネクロマンサーだ!」

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