桜の下、告白の後先
「好きです。付き合ってください」
五分咲きの桜の下で、可憐な少女からイケメン男子への告白。
なんという少女漫画的完璧なシチュエーション。
できれば満開で、少し散り始めていたりするとより良かったけれど現実はそううまくはいかない。
修了式の日にこれだけ咲いていること自体が異例なのだ。文句を言ってはバチが当たる。
そもそもただの傍観者だしね。
天気が良いし、あったかいから花を見つつお昼ご飯を食べようとコンビニから戻ってきたらこの状況だったのだ。
盗み見するつもりはなかった。ただタイミングが悪かっただけ。
下手に動くと気づかれそうだからと、少し離れた茂みの陰にしゃがんで息をひそめている様子ははたから見れば完全に不審者なんだけど、鉢合わせて気まずい思いするよりはいいよね、お互いに。
「ありがとう。うれしいよ」
イケメン男子の言葉に可憐少女は嬉しそうに微笑む。
「でも、ごめんね。好きな子がいるんだ。付き合うことはできない」
鬼である。
希望を持たせておいて奈落へ落とす。
可憐少女の表情は無になる。
お察しします。合掌。
軽く頭を下げて何も言わないまま可憐少女は校舎の方へ走り去る。こっちの方へ来なくて良かった。
やっぱりねぇ、日頃の行いが良いとこういう時に運に見放されない。
さてさて気分も良いところで当初の予定通り昼ご飯にしましょう。
コンビニサンドイッチだけど、デザートに花見団子も買ってきたよ。
われながら花見らしいチョイス。
「あ」
視線が合った。
大失敗だ。
可憐少女を見送ったことで気が抜けてたけど、イケメン(鬼)男子はまだ残っていたわけで、いつの間にかこちらの方に移動してきていた。
私の日頃の行い、大したことなかった。
お互い目を合わせたまま、気まずい沈黙。
「こんにちは……?」
とりあえず、誤魔化すように愛想笑いを浮かべて挨拶をする。
「ごめん、邪魔だったよね」
うん。顔が良い。そして鬼かと思ったけど優しいな。
不可抗力とはいえ覗き見していたことはわかっているだろうに、それには触れずに謝罪してくる。
「いえ、あの。……えぇと、良かったら花見団子おひとついかがですか?」
三本入りの団子パックを見せる。
なんでこんなこと言いだしちゃったのか。
一人で団子三本はちょっと多いな、と思ってたのは確かなんだけど。
イケメン男子は口をへの字に曲げる。
うわ、ごめんなさい。ちょっとした気の迷いです。
いたたまれなさに、どう切り抜けようかと視線をさまよわせていると「ぷは」と息が漏れる音。
え、なに?
「そうだね。せっかくだから貰おうかな、お団子」
かみ殺しきれていない笑みを口元に残してイケメン男子はそんなことを言う。
え、本気? ちょっと一緒に食べるのとかは気まずいんだけど?
とはいえ「やっぱりナシで」などと言えるはずもない。
植込みの縁石をベンチ代わりにして座り、開けたパックから団子を一本渡す。
「ありがとう。いただきます」
ためらいなく隣に座ったイケメン男子はにこやかに頬張る。
「そういうところだと思いますよ、難攻不落先輩」
思わず口をついて出た言葉に「ぶほっ」とイケメン男子がむせる。
「大丈夫ですか?」
げふげふと咳き込むイケメン難攻不落先輩に開けてなかったペットボトルのお茶を渡す。
お茶は惜しいが、あげた団子を詰まらせられたら寝覚めが悪い。
咳の合間にお茶を流し込みどうにか落ち着いた先輩は半眼でこちらを見る。
「なに、おれって一年にそんな風に呼ばれてるの?」
「……たぶん、誰も?」
そもそも教室で「誰にでもやさしいけど誰とも付き合わないんだよー」などと噂されているのを聞いて「難攻不落」と思ったんだよな。
「あ、でも二年の王子だとは呼ばれてました!」
休み時間に中庭を通る姿を見かけたクラスメイトが「あ、あの人だよ、二年の王子!」と騒いでいた。
「……より悪化したじゃないか、なんだその呼び方」
あ、致命傷? そうだよね、普通に考えて王子とか呼ばれたら恥ずかしいよね。
食べかけの団子を持ったまま頭を抱える。
「さっきも学年一かわいいと有名な高嶺の花先輩を振ってたから、難攻不落の名は伊達じゃないなって」
「伊達じゃないって、難攻不落はキミが言ってるだけなんでしょ?」
そうだけどね、間違ってないよね。まぁ本人目の前にして口にするのは無礼だとは思う、我ながら。
口が滑ったんだよね、独り言のつもりだったというか。
そのあと先輩の言動が少し面白かったからちょっと調子に乗って揶揄いたくなったというか。
「ごめんなさい。初対面の先輩にすごく失礼でした」
お詫びの気持ちで残りの団子の入ったパックとサンドイッチも差し出す。
「いらないよ。別に怒ってないし、ちょっと衝撃だっただけ。えぇと、何さん? ちなみにおれは鳥羽先輩です」
なんていうかお人よしだな、先輩。
「三崎ゆず後輩です。鳥羽先輩」
「三崎さんね、とりあえず、サンドイッチ食べ……お茶、飲んじゃったね。ごめん。買ってくる。少し待ってて」
「え」
残った団子をパクパクと口に入れ、走っていってしまう。
止める間もなかった。
優しいというか気を使い過ぎではないだろうか、鳥羽先輩は。
あの顔であんなに親切にされたら、自分のこと好きなのではと勘違いする女子も出るだろう。そしてそれが告白につながると。
でも先輩の優しさはたぶん誰にでもなやつだ。
相手が男でも女でも、大人だろうと子供だろうと、そして少し無礼な初対面の後輩だろうと等しく。
聖人かな?
「難儀な人だねぇ」
誰にでも優しくて、誰のことも特別じゃないんだろうなぁとは勝手な想像だけど。いやでも好きな人はいるのか。
「お待たせ」
早い。
近くのコンビニまで歩くと五分以上かかる。往復プラス買い物時間もあったはずなのに、まだ五分経ってないくらいじゃない? 計ってなかったけど。
「ありがとうございます」
「え、ありがとうはおれの方でしょ? さっきはお茶ありがとう。おかげで窒息しなくて済んだよ」
にこにこ。
本当にこの人は、大丈夫なのか。
「そしてついでに自分の分も買ってきたので隣で一緒にいただきます」
膝にお弁当を置いて手を合わせる。
あの短時間でお弁当を選んで温めまでしてきてる、この人。
「鳥羽先輩はなんか面白い人ですね」
別に変な言動をしているわけではないんだけどな、なんだろう、醸し出す雰囲気だろうか。
「三崎さんの方が面白いと思うけど? さっきは聞き流したけど何、高嶺の花先輩って。どうせそれも三崎さんが言ってるだけなんでしょ?」
「男子が言ってたんですよ。つきあいたい、とか。高嶺の花だからおまえにはムリとか。名前も言ってた気がするけど覚えてないですし」
間近で見たのは初めてだけど、かわいかった。
鳥羽先輩と並んでると美男美女でねぇ、お似合い。目の保養だった。
「まぁねぇ、美人だよね」
静かに笑う。
少し困ってるように見えた。なんとなく。
なんだか居心地が悪くて、買ってきてもらったお茶を一口飲んで話題を変える。
「先輩の好きな人はどんな人ですか?」
「好きな人? ……あぁ、聞こえてた? あれは方便。ホントに好きな人がいるわけじゃないよ。角の立たない断り文句」
いたずらっぽく笑う。
お人よし過ぎて大丈夫かと心配していたけど、嘘もつけるんだ。
なんか少し安心した。
「え、じゃあなんで誰とも付き合わないんです? ……単に興味本位です。無理に応えなくても」
踏み込み過ぎたと思って慌てると、先輩は気にした風もなく肩をすくめた。
「んー、めんどくさい、からかなぁ。おれね、見た目はそこそこ良いんだろうなって自覚はあるんだよ。でもそれ以外は大したことないんだよねー」
顔が良いことに自覚があるようで何よりだけど。
「つまり鳥羽先輩は自分を顔だけの男だと」
「ズバッというねぇ、三崎さん」
苦笑いしながらも否定しない。
「顔が良くても嫌な人だったら告白なんてされませんよ」
ここで少し話しただけでも分かる。先輩は良い人だ。
「嫌な奴ではないけど、普通じゃない? 特別に良い人間でもないし、成績も普通だし、運動もさほど得意じゃないし」
うん。わかった。鳥羽先輩の普通のレベルが高いんだな? 成績も上位で運動神経抜群との噂だったけど? それとも噂が嘘なの? でも足が速いのは確かだ。
まぁこの際、そのあたりが嘘でも本当でも関係ない。
「見た目関係なしに、先輩は良い人で優しくて、ちょっと面白くていいと思いますよ。私みたいな無礼な後輩ともにこやかに接してくれて聖人かと思いました」
「聖人って……三崎さんはちょいちょい選ぶ言葉が大袈裟だね?」
面白いけどねー、なんて続けてくれる。
やっぱり心が広い。
「めんどくさいって言ったけど、がっかりされるのが嫌なだけかも、本当は。顔だけのつまんないやつって思われたくなくて」
「がっかりする人もいるかもしれないですけど、それってその人の見る目がなかっただけで先輩の責任じゃないし、ちゃんと先輩の中身もステキだって思ってる人だっているはずです」
私だって友達になりたいと思ってるし! 言わないけどね。先輩、やさしいから「良いよ」とか普通に言ってくれそうだし。
ふ、っと息が抜けるような笑い声。
うわ。イケメンの笑顔を間近で見てしまった。
「じゃあ、三崎さん、つきあわない?」
「どこに?」
じゃあって何? そんな話の流れだったっけ?
「どこ、ではなくおれと」
「は?」
ますますそんな話はしてなかったよね?
うわ、顔あつい。え、つまり。
「正直な話、三崎さんのこと、恋愛的に好きかは謎なんだけど、もう少し仲良くなりたいなって」
え、普通に友達で良くない? それなら大歓迎だけど?
「三崎さんがカノジョになってくれれば告白も減るかなって打算もある」
割とひどい。
ひどいんだけどねぇ、駄目だろうなってあきらめたように見える笑みに負けた。
「じゃ、とりあえず偽装カレシカノジョってことで。よろしく鳥羽先輩」
びっくりしたような先輩の顔にちょっと勝った気がした。
【終】




