噂が広まる方法
SOLITAIREの噂が広まったのは、口コミではなかった。
誰も「あの店に行くといい」とは言わなかった。言えなかった。なぜなら、自分がそこに通っていることを話すと、なぜ通っているかを説明しなければならなくなるからだ。
アレンは誰にも言わなかった。ミレイアも言わなかった。ゼファーも、シルヴィアも、クレインも言わなかった。
それにもかかわらず、三ヶ月に一人、また三ヶ月に一人、新しい客が扉を開けた。
理由を後で考えてみると、おそらくこういうことだ。
常連たちは、帰り際に少しだけ変わっていた。目が穏やかになっている、表情が軽くなっている、歩き方がわずかに柔らかくなっている。それを見た人間の中に、どこかに行ったのか、と感じる者がいた。でもどこに行ったかは聞けないから、ただ路地をそれとなく歩いてみた。そうすると、丸窓の光が見えた。
その日、新たな客が二人来た。
一人は、元傭兵の女性、タリアという名前だった。三十五歳、左腕に古い傷がある。最近、長年の相棒だった黒馬が老衰で死んだ。葬式のような気持ちになれる場所を探して路地を歩いていた。
もう一人は、神殿の高司祭、ドルトンという老人だった。七十二歳、生涯を信仰に捧げてきた。最近、祈りが届かなくなった気がして、それを誰にも言えなかった。
二人は別々の時間に来て、互いを知らないまま同じ空間にいた。
タリアは熱いコーヒーを飲みながら、窓の外の石畳を眺め、黒馬のことを思い出した。カインは何も聞かなかった。ただ、コーヒーを飲み干す頃に、静かに替えを持ってきた。
ドルトン司祭は紅茶を頼んで、それをほとんど飲まずに座っていた。
一時間ほど経って、老人は突然言った。
「祈りが……届いていないかもしれない、と思うことがある」
カインはそれを聞いた。答えるまでに少し間があった。
「それは、長い年月、祈り続けてきた方だからこそ、わかることではないでしょうか」
「慰めか?」
「いいえ。届いているかどうかは私には判断できません。ただ、届かないかもしれないと思いながらも続けていることは、一つの形だと思います」
ドルトン老人は、それを聞いて黙った。しばらくして、冷めた紅茶をひと口飲んだ。
「……新しい紅茶をもらえるか」
「かしこまりました」
タリアが帰り際、カインに聞いた。
「ここ、何の店なの? コンセプトは?」
カインはしばらく考えてから言った。
「居場所を提供するお店です」
「居場所?」
「ここにいていいと思える場所、です」
タリアは少し眉を寄せてから、小さく笑った。
「……馬鹿げてる。なのに、なんか、わかる気がする」
「ありがとうございます」
その夜、カインは一人で閉店作業をしながら、今日来た客のことを思った。
傭兵。司祭。剣聖。魔術師。暗殺者。将軍。英雄。
肩書きは様々だ。でも、ここに来るときは全員ただの一人の人間だ。
カインは、それでいいと思っていた。
というより、それがいいと思っていた。




