常連たちの静かな午後
開店から九ヶ月が経った。
SOLITAIREには、いつの間にか常連と呼べる客が増えていた。
アレンは週に四回来る。たいていコーヒーを二杯飲んで、窓の外を見て帰る。たまに本を持ってくる。
ミレイアは大会の前後に来る。試合前は紅茶、試合後はコーヒーを飲む。ここ最近は、来るたびに少しだけカインに声をかけていく。
ゼファーは毎週月曜の朝と、木曜の夕方に来る。本を読みながら二時間いて、帰るときに一言だけ「ありがとう」と言う。
シルヴィアは深夜に来る。いつも食事をして、コーヒーを飲んで、たまに「疲れた」とだけ言う。カインは「そうですか」と言う。それで終わる。
クレインは月に二、三度、昼過ぎに来る。最近は鎧を途中で預けてくるようになった。
彼らは互いに知り合いだったり、知らなかったりする。でもここでは誰も、他の客のことを話さない。
ある日、アレンとミレイアが同じ時間に来た。二人はかつて冒険者ギルドで顔を合わせたことがある間柄だったが、互いに相手の存在に気づいても、声はかけなかった。それぞれの仕切りの中で、それぞれのコーヒーを飲んだ。
その日の閉店後、カインはいつものように店を閉める準備をしていた。
椅子を上げ、床を拭き、カップを洗う。
一人でやる作業は静かで、カインは好きだった。
そこへ、裏口をノックする音がした。
「はい」
入ってきたのは、ゼファーだった。珍しい時間帯だ。
「少し、いいですか」
「どうぞ」
ゼファーはカウンター席に座った。カインはコーヒーを一杯淹れた。注文はなかったが、こういうときには必要だと思った。
「あなたは、どうしてこの仕事を?」
カインはコーヒーをゼファーの前に置いてから、答えた。
「必要とされると思ったので」
「どんな人間に?」
「強い人間に、です」
ゼファーはカップを両手で包むようにして持ちながら、続けた。
「強い人間は、弱さを見せる場所がないということですか」
「弱さというよりも、普通さを、かもしれません。強い人は、普通でいられる場所を持ちにくい」
ゼファーは少し考えてから言った。
「あなた自身は、どうですか。あなたには居場所がありますか」
カインは少し間を置いた。
「ここが、そうです」
「店が?」
「私にとっても、ここは仕事場であり居場所です。お客様がここを居場所にしてくださるから、私もここにいられる」
ゼファーはそれを聞いて、静かに息を吐いた。
「……なるほど。相互的だ」
「商売というのはたいていそういうものだと思います」
二人は、しばらく黙ってコーヒーを飲んだ。
閉店後の静かな店の中で、ランプの光がゆっくりと揺れた。
「あなたは、話すのが嫌いですか」とゼファーが聞いた。
「いいえ。ただ、必要な言葉だけを使うようにしています」
「それは、誰かに教わったのですか」
「経験から、です」
ゼファーはコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
「今夜の話は、私の日記に書いていいですか」
「もちろんです」
「あなたの名前は書きません。『ある店主』と書きます」
「それで十分です」
学者は夜の路地へ消え、店主は一人でランプを消した。
静かな夜だった。




