エミリが初めて一人で店を開けた日
カインが珍しく遅刻した。
正確には、珍しく体の具合が悪かった。
朝、エミリが来ると、カインがカウンターに立っていた。顔色がいつもより白かった。
「カインさん、顔色が悪い」
「少し頭が痛いです」
「熱がありますか」
「少し」
エミリはカインの額に手を当てた。
「ある。少し熱い」
「問題ないです」
「問題あります。奥で休んでください。私が開店します」
「エミリさんに一人は」
「三ヶ月習いました。できます」
カインはエミリを見た。
エミリは真剣な顔をしていた。
「……わかりました。何かあれば呼んでください」
「わかりました。行ってください」
カインは奥の小部屋へ入った。
エミリは一人で豆を挽いた。ゆっくりと、丁寧に。
ランプに火を入れた。
開店した。
最初の客はアレンだった。
「いつものを」と言いかけて、カウンターにカインではなくエミリがいることに気づいた。
「……カインは?」
「少し体調不良で休んでいます。私が代わりに」
「そうか。じゃあ、いつものを」
「かしこまりました」
エミリはコーヒーを淹れた。
膨らみを確認して、ゆっくりと湯を注いだ。
カップに注いで、アレンの前に置いた。
アレンは一口飲んだ。
少し間を置いて、言った。
「……うまい」
エミリは少し胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
「お前が淹れたのか」
「はい」
「カインに近くなってきたな」
「そうですか」
「そうだ。静かに置く感じが似てる」
その日、エミリは六人のお客を一人で対応した。
コーヒーを四杯、紅茶を三杯、軽食を二人分。
一度だけカインを呼ぼうとしたが、考えてみたら自分でわかったので呼ばなかった。
閉店後、カインが奥から出てきた。顔色は少し良くなっていた。
「どうでしたか」
「六人来ました。全員対応できました」
「そうですか」
「カインさんに近くなってきたって、言われました」
カインは少し間を置いた。
「それは良かったです」
「嬉しかったです。でも、私はカインさんのコピーじゃなくて、私のやり方を見つけたいと思ってます」
カインはエミリを見た。
「それは、大事なことです」
「ミレイア様の話を聞いてから、そう思うようになって」
「剣聖の話が、喫茶店の仕事に繋がったのですね」
「繋がるんですよね、いろいろと」
カインはカウンターに手をついた。
「今日は、ありがとうございました」
エミリは少し照れた。
「カインさんにお礼を言われた。日記に書きます」
「そこまでしなくていいです」
「書きます」
エミリは荷物を持って、扉を開けた。
「明後日また来ます。それまでに治しておいてください」
「はい」
扉が閉まった。
カインは一人で、今日のカップを洗った。
六つのカップが、きちんと洗われていた。
エミリが洗っていったものだった。




