ゼファーの帰還
旅から帰ったゼファーが、二ヶ月ぶりにSOLITAIREに来たのは木曜の朝だった。
日に焼けていた。旅の疲れが顔に出ていたが、目が穏やかだった。
「お久しぶりです」とカインが言った。
「久しぶりです。コーヒーを。砂糖は二つ」
「かしこまりました」
ゼファーはいつもの奥の席に座った。旅のカバンをそのまま椅子の隣に置いた。
コーヒーが来た。一口飲んで、目を細めた。
「……変わらない味だ」
「ありがとうございます」
「旅の間、いろんな国でコーヒーを飲みました。でもここの味が基準になっていて、どれも違うと思ってしまった」
「それは困りましたか」
「いいえ。違いを楽しんでいました。ただ、帰ってきたいとも思っていた」
「旅はどうでしたか」
ゼファーは少し考えてから答えた。
「良かったです。フィールドワークの成果もありましたが、それ以上に、ファリドという人間をよく知ることができました」
「どんな方だとわかりましたか」
「好奇心の塊で、頭の回転が速く、感情が豊かで、人懐こくて、少々落ち着きがない」
「褒めていますか」
「半分は褒めています。でも……旅の途中で、ある村の子供が病気になって、ファリドが三日間ほとんど眠らずに看病したことがあった。その姿を見て、この青年は良い研究者になるだけでなく、良い人間だと思いました」
「それは嬉しい発見でしたね」
「ええ。弟子を取ったことを、初めて良かったと思いました」
カインはコーヒーのおかわりを持ってきた。
「以前は、そう思っていなかったのですか」
「優秀だとは思っていましたが、煩わしいとも思っていた。でも今は、煩わしさも含めて、悪くないと思っています」
「変わりましたね」
「旅がそうさせたのか、ファリドがそうさせたのか、それともこの店に通い続けたことがそうさせたのか、わかりません。おそらく全部です」
ゼファーは原稿用紙を取り出した。
「第二巻を書き始めます。今日から」
「また木曜に来てくださるのですね」
「もちろんです。ここが私の書く場所ですから」
カインは少し間を置いた。
「それは光栄です」
ゼファーはペンを持った。
書き始める前に、一度だけ顔を上げた。
「カインさん、旅に出ている間、ここが続いているか、少し心配していました」
「なぜですか」
「あなたに何かあったら、と思って」
カインはコーヒーカップを磨きながら答えた。
「何もありませんでした」
「そうですか。良かった」
ゼファーはペンを走らせ始めた。
木曜の朝のSOLITAIREに、ペンの音が戻ってきた。




