騎士団長の午後休み
クレイン・ヴァレリウスが初めてSOLITAIREに来たのは、午後の業務の合間を縫っての三十分だった。
王国騎士団の団長として、クレインは常に二百名の部下を統率する立場にある。五十一歳、銀髪、背筋が伸びた体躯。戦場では「鉄壁の将」と呼ばれる。
しかし今日は、十三年間連れ添った副官が転属になった日だった。
別に、泣くほどのことではない。軍人として当然の人事だ。副官のマリウスも出世して然るべき器だった。むしろ喜ばしい話だ。
わかっている。わかっているのだが。
昼食を一人で取る気になれなかった。かといって部下たちと食堂に行けば、「将軍、お顔の色が悪い」と心配させてしまう。それも煩わしかった。
路地を歩いていてSOLITAIREを見つけた。「お一人様専用」の文字に、クレインは苦笑した。自分で望んで一人になりに来たわけではないのだが、まあいい。
扉を開けると、昼時の柔らかな光が店内に満ちていた。他に客は二名。互いに無関心だ。
クレインは鎧のまま入った。外すと三十分で戻れないからだ。
カインは鎧を見ても何も言わなかった。ただ、足場に傷がつかないよう、さりげなく薄いマットを敷いてくれた。
「何をお出しできますか」
「本日のランチセットと、コーヒーを」
「かしこまりました」
ランチが来た。スープ、パン、野菜の煮込み、小さなサラダ。品数は少ないが、どれもしっかりとした味だった。
クレインは黙って食べた。味がわかるということは、まだ気持ちの余裕があるということだと、自分に言い聞かせた。
食後のコーヒーを飲んでいると、カインが水を持ってきた。
「……マリウスというのは、あなたの副官の名前ですか」
クレインは顔を上げた。
「なぜそれを」
「今、ぼんやりとつぶやいておられたので」
クレインは、自分がつぶやいていたことに気づいていなかった。
少しの沈黙の後、彼は言った。
「十三年来の副官が、今日付けで別の任地へ行った」
「そうですか」
カインはそれだけ言った。「大変でしたね」でも「新しい副官はどんな方ですか」でもなく、ただ「そうですか」だった。
その短い相槌が、妙に心地よかった。
共感も同情もされなかった。ただ、受け取られた、という感覚だけがあった。
「あなたは、部下に慕われているほうですか」
クレインは少し考えてから、答えた。
「恐れられているほうだと思います」
「それは悪いことですか」
「……わかりません」
カインはそれ以上何も言わなかった。水を注ぎ直して、カウンターへ戻った。
クレインはコーヒーを飲み干し、椅子に背を預けた。
三十分の昼休みが、いつの間にか一時間になっていた。
クレインは立ち上がり、財布を取り出した。
「また来てもいいですか」
「もちろんです」
「今度は鎧を外してこられるといいのですが、業務の都合上」
「お気になさらず。外でのお荷物は、ここでお預かりすることもできますよ」
鎧を外して座れる場所が、外にある。
五十一歳の騎士団長は、その言葉の意味をしばらく考えながら、路地を歩いた。




