カインの独り言
その夜、SOLITAIREは満席だった。
六つの席に六人のお客が座っていた。名前も立場も知らない人もいれば、一年以上の常連もいる。
カインはいつものように動いた。注文を取り、コーヒーを淹れ、紅茶を出し、軽食を運ぶ。
誰かが帰り、また誰かが来た。
閉店の時間になって、最後の客が出ていった。
カインは一人になった。
椅子を上げながら、カインは独り言を言った。
誰かに向けた言葉ではなかった。ただ、声に出した。
「今日も、良い日でした」
それだけだった。
床を拭いた。カップを洗った。豆の残量を確認した。明日の仕入れリストを書いた。
ランプを消した。
扉に鍵をかけた。
路地に出ると、夜風が冷たかった。秋が来ていた。
カインは少しの間、SOLITAIREの扉を見た。
丸窓はもう暗かった。
でも、明日の朝にはまた灯りが入る。
豆を挽く音がする。コーヒーの香りが広がる。
ベルが鳴る。
誰かが来る。
カインは路地を歩き始めた。
住処は、店から三本路地を入った場所にある小さな部屋だ。狭いが、必要なものは揃っている。
歩きながら、今日来た客のことを思った。
一人ひとりの顔を思い出した。来たときの顔と、帰るときの顔。
全員、少し違っていた。
それを確認するように、一人ずつ思い浮かべた。
それが今日の終わりの儀式だった。
部屋に着いた。
上着を脱いだ。水を飲んだ。
窓から夜の王都が見えた。
どこかに、今夜ここに来た人たちが、それぞれの場所に帰っている。
英雄も、剣聖も、王女も、花屋も、大工も、詩人も。
みんな、それぞれの場所で、今夜を終えている。
カインは目を閉じた。
明日、また店を開ける。
豆を挽く。コーヒーを淹れる。
誰かが来る。
それで十分だった。
それが、カインの「居場所という仕事」だった。




