エミリ、最初の日
エミリが初めてSOLITAIREの「裏側」に入ったのは、月曜の午後だった。
カインは開店前に来るよう言っていた。エミリは約束の時間の十分前に来た。
「来ました」
「はい。まずは豆の説明から始めます」
カインは棚にある豆の瓶を一つずつ取り出した。産地、焙煎度合い、味の特徴。エミリはノートに書き取った。
次に、挽き方。粗挽きと細挽きの違い。それぞれどんな味になるか。エミリは真剣な顔で聞いていた。
「質問してください。わからないことがあれば」
「豆によって、お客様に合わせて変えることはありますか」
「あります」
「どうやって決めるんですか」
「お客様の様子を見て、直感的に判断します。最初のうちは、様子を見ることだけ練習してください。豆の選び方はその後です」
エミリは頷いた。
しばらくして、開店の時間になった。
エミリは端のカウンターに立って、カインの動きを見ていた。
最初の客が来た。アレンだった。
「いつものを」
「かしこまりました」
カインがコーヒーを淹れている間、エミリはアレンを観察した。座り方、手の置き方、窓の外への視線。アレンは本を取り出して読み始めた。
コーヒーが来た。アレンは受け取った。それだけだった。
エミリはノートに何かを書いた。
二時間後、閉店準備が始まった。カインはエミリに聞いた。
「今日、気づいたことはありましたか」
「お客様が来るときと帰るときで、顔が違いました」
「どう違いましたか」
「来るときは、なんか、少し固い感じで。帰るときは、重いものを一個置いていったみたいな顔で」
カインは少し間を置いた。
「よく見ていましたね」
「合ってますか」
「はい。アレン様は、来るたびにそういう変化があります」
エミリは嬉しそうに頷いた。
「次は何を覚えますか」
「来週は、実際にコーヒーを淹れてみましょう」
「楽しみです」
エミリは荷物を持って、扉に向かった。
出る前に振り返って言った。
「カインさん、今日はありがとうございました。来るのが楽しかったです」
「それは良かったです」
「お客様の顔が変わるのを見るのが、好きになりそうです」
カインは少しだけ目を細めた。
「そうですか」
扉が閉まった。
カインは一人でカウンターに立った。
自分が初めてここを開けた日のことを、少し思い出した。
あのときも、変わる顔を見たくて、ここを始めた。




