カインに弟子入り志願
その日の午後、SOLITAIREに見慣れない少女が来た。
十五歳ほど。商人の子供のような服を着ていて、紙とペンを持っていた。
「あの、コーヒーを一つと、お話を聞いてほしいんですけど」
「コーヒーはお出しできますが、話を聞くことについては、どのようなことでしょうか」
少女は少し緊張しながら言った。
「私、将来、こういうお店をやりたいんです。それで、カインさんに弟子入りしたくて」
カインは少し間を置いた。
「弟子入り、というのは」
「住み込みで働かせてください。コーヒーの淹れ方とか、お客様の話の聞き方とか、全部教えていただきたくて」
「お名前は」
「エミリ・ハートです。父が商人で、でも私は物を売る仕事より、人の話を聞く仕事がしたくて……このお
店のことを聞いて、ここだと思って来ました」
カインはコーヒーを一杯持ってきた。エミリは受け取って、一口飲んだ。
「……美味しい」
「ありがとうございます」
「こういうのを淹れられるようになりたいんです」
カインはカウンターに戻って、少し考えた。
「一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「なぜ、人の話を聞く仕事がしたいのですか」
エミリは少し間を置いた。
「お母さんが、去年死んで。病気で。最後の三ヶ月、ずっとそばにいたんですけど、お母さんが一番喜んでたのは、ただ話を聞いてもらうことだったんです。誰かがそこにいて、聞いてくれることが、一番嬉しかったみたいで」
カインは黙って聞いていた。
「私には、何もできなかった。助けることも、治すことも。でも、聞くことだけはできた。それが、誰かの役に立てる仕事だと思ったんです」
カインはしばらく沈黙した。
それから言った。
「住み込みは難しいですが、週に三日、午後に来てコーヒーの淹れ方を教えることはできます」
エミリは目を見開いた。
「本当ですか」
「ただし、条件があります」
「はい」
「ここに来る客のことは、一切外で話さないこと。見たこと聞いたことは、すべてここの中だけのことにすること」
「わかりました」
「それが守れるなら、来てください」
エミリはしばらく、コーヒーを見た。
「……カインさんはなぜ、私に教えてくれるんですか」
カインは少し考えてから答えた。
「あなたが話してくれた理由が、私がこの店をやっている理由に、少し似ていたからです」
エミリは目が赤くなった。でも泣かなかった。
「来週から来ます」
「お待ちしています」
エミリは立ち上がって、扉を開けた。
振り返って、もう一度だけ言った。
「コーヒー、本当に美味しかったです」
「ありがとうございます」
その夜、カインは一人でカウンターに立ちながら、少し遠くを見るような目をしていた。
弟子、という言葉を、初めて受け取った夜だった。




