詩人の悩み、二度目
リュートが悩んでいるのは、見ればわかった。
弦を爪弾く手が、いつもより遅かった。コーヒーに手をつけていなかった。窓の外を見ているが、何も見ていない目だった。
カインは何も言わなかった。
三十分ほどして、リュートが自分から話し始めた。
「宮廷から依頼が来た」
「はい」
「来年の建国祭で、新しい歌を作ってほしいと。国王陛下の治世を称える歌を」
「それは大きな仕事ですね」
「断れない規模の依頼だ。宮廷から直接来たから」
「でも気が乗らない」
「……そう見える?」
「はい」
リュートはコーヒーを一口飲んだ。
「俺は、頼まれた歌を作るのが嫌いなわけじゃない。でも、今は自分の書きたい歌がいくつかあって、そっちを先に書きたい」
「書きたい歌というのは、どんな歌ですか」
「この店に来てる人たちのことを書いた歌の続き。あれを連作にしたい。名前のない人たちの、小さな話の歌」
カインはコーヒーのおかわりを持ってきた。
「宮廷の依頼を引き受けながら、自分の歌も書くことは難しいですか」
「時間が足りなくなる。宮廷の仕事は丁寧にやらないといけないから」
「順番を決めることはできますか」
「どういうこと?」
「宮廷の仕事を先に終わらせてから、自分の歌に集中する。あるいは、自分の歌の骨格だけ書いておいてから、宮廷の仕事をする」
リュートは少し考えた。
「……そういう整理の仕方か」
「どちらも捨てずに済む方法を考えるだけです」
「なんか、当たり前のことを言ってるのに、なんで俺は気づかなかったんだろ」
「一人で考えているときは、どちらかを諦めることしか見えなくなることがあります」
リュートはコーヒーを飲んだ。
「カイン、あなた、実は詩人に向いてる」
「そうですか」
「言葉の使い方が、詩的だと思う」
「コーヒーを淹れる仕事の方が向いていると思います」
「謙遜だ」
「本当のことですが」
リュートはリュートを取り出した。今日は悩みながらも、少し弾きたい気分になっていた。
「一曲だけ弾いていいですか」
「どうぞ」
柔らかい旋律が流れた。
宮廷の歌でも、連作の歌でもない。ただ今夜の気分の旋律だった。
カインはカウンターで、静かに聴いていた。




